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アーカイブ原稿24「太平洋戦争の落とし穴」第10回

■「太平洋戦争の落とし穴」第10回『「大勝利」の誤報が生んだ惨敗』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年1月30日号

 うかつに他人の情報を信用すると、大変な悲劇に見舞われてしまう。
 44年10月、米機動部隊は沖縄、台湾、フィリピン北部の日本軍航空基地を攻撃した。これに対して日本軍は海軍爆撃機銀河などの新鋭機からなる攻撃部隊を投入。台湾沖で一大航空戦が行われた。世に言う「台湾沖航空戦」である。 
[ 2009/07/08 00:34 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿24「太平洋戦争の落とし穴」第9回

■「太平洋戦争の落とし穴」第9回『雇用・能力開発機構とパレンバン作戦に共通する無能ぶり』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年1月16日号

 厚生労働省の外郭団体「雇用・能力開発機構」が独立行政法人化に伴い、あちこちの保養施設を売却して国民の怒りを買ったことを、読者は覚えているだろう。数百億円をかけて建てた施設を1050円で売却したのだから役人は暗愚な生き物だ。実は太平洋戦争でもこれに似た作戦があった。
[ 2009/07/08 00:30 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿23「太平洋戦争の落とし穴」第8回

■「太平洋戦争の落とし穴」第8回『教育が人の命を奪うという恐ろしい現実』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年12月19日号

 教育とは恐ろしいものだ。教育のあり方で人の価値観が決まってしまう。サイパン島の玉砕はそれを我々に教えている。
 マリアナ諸島にあるサイパン島は日本の絶対防衛圏の要衝だった。ここを米軍に押えられると日本本土への爆撃が可能になる。44年6月11日、米軍はマリアナ諸島への攻撃を開始。当時、同島にいた日本の戦力は陸海軍合わせて約3万人。ほかに在留邦人が約2万5000人住んでいた。
 米軍はまず上陸準備のの砲撃を開始。同時にサイパン、テニアン、ロタなどの島々を空襲した。この空襲で日本海軍の航空機150機が壊滅。日本軍は空からの攻撃力を失い、米軍はサイパン島に上陸した。 
[ 2009/07/08 00:27 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿22「太平洋戦争の落とし穴」第7回

■「太平洋戦争の落とし穴」第7回『日本の常識で多くの捕虜を〝殺害〟』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年12月5日号

 日本の常識は世界の非常識――。その典型例がフィリピンでの捕虜虐待事件だ。41年12月23日、本間雅晴中将指揮の第14軍はルソン島に上陸、フィリピン攻略戦が始まった。このとき米比連合軍を指揮したのがあのマッカーサーである。
[ 2009/07/07 23:51 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿21「太平洋戦争の落とし穴」第6回

■「太平洋戦争の落とし穴」第6回『米軍の技術開発に敗れたマリアナ沖海戦』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年11月24日号

 連合艦隊は44年6月19日のマリアナ沖海戦で事実上壊滅した。この敗北で日本軍は完全に制海権を失い、敗戦が決定的となったのである。
 この海戦で空母5隻を主幹とする機動部隊を率いた小沢治三郎中将はアウトレンジ作戦を採用。日本軍の艦載機が米軍機より航続距離が長いことを利用して、米軍機の作戦圏外から航空機を発進させる戦法である。
[ 2009/07/07 23:48 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑳「太平洋戦争の落とし穴」第5回

■「太平洋戦争の落とし穴」第5回『「風船爆弾」は愚考の象徴』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年11月7日号

 追い詰められると人間は悲しいほど滑稽な行動を取るらしい。44年11月に大本営が採用した「ふ号作戦」はその好例だ。この作戦は和紙をこんにゃく糊で貼り合わせて作った気球に爆弾を搭載して米本土を爆撃するというものだった。俗にいう「風船爆弾」である。
[ 2009/07/07 23:32 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑲「太平洋戦争の落とし穴」第4回

■「太平洋戦争の落とし穴」第4回『意思の不統一で失敗したレイテ湾「捷一号作戦」』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年10月24日号

 日本社会の大きな問題点の一つが縦割り行政、セクショナリズムの弊害である。これは今に始まったことではない。太平洋戦争中にもセクショナリズムによって大失敗した作戦がある。捷一号作戦がそれだ。
 44年10月、日本軍は米軍のフィリピン上陸作戦を阻止するべく捷一号作戦を発動した。戦艦7隻を基幹とする栗田健夫中将指揮の第一遊撃部隊をレイテ湾に突入させ、米海軍輸送船団を攻撃する作戦だ。
[ 2009/07/07 23:29 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑱「太平洋戦争の落とし穴」第3回

■「太平洋戦争の落とし穴」第3回『小泉政権の行方を暗示するインパール作戦』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年10月10日号

 インパール作戦は第2次大戦中、日本軍が行った作戦の中で最も無謀で、愚かで、悲惨な作戦である。インパールはインド北西部アッサム地方にある駐インド英軍の本拠地だった。第15軍司令官・牟田口廉也中将はビルマ側から幅600㍍のチンドウィン川を渡河し、標高2000㍍のアラカン山脈を越えてインパールを攻略する作戦を立案。だが、牟田口はこの長距離進撃で補給をまったく無視した。
[ 2009/07/07 23:23 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑰「太平洋戦争の落とし穴」第2回

■「太平洋戦争の落とし穴」第2回『慢心と能力不足で惨敗したミッドウエイ海戦』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年9月26日号

 太平洋戦史を語るときに避けて通れないのが42年6月のミッドウエイ沖海戦だ。この敗戦から形勢が逆転、日本軍は敗北に突き進んだ。
 ふつうなら負けるはずのない戦いだった。日本軍はアメリカ軍の約3倍の戦力で臨み、作戦を担当した南雲長官の航空機動部隊は最高の技量を誇っていた。しかし結果は惨敗。日本軍は戦死者が3057名。空母4隻を失い、航空機350機を撃墜された。
[ 2009/07/07 23:20 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑯「太平洋戦争の落とし穴」第1回

■「太平洋戦争の落とし穴」第1回『現代も続いている戦艦大和の悲劇』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年9月12日号

 今年は戦後60年。広島に大和ミュージアムが開館し、映画「男たちの大和/YAMATO」(12月公開)が製作されるなど、「戦艦大和」が話題にのぼっている。大和はなぜ造られ、そして海に沈んだのか――。
[ 2009/07/07 22:35 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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