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なかなか強いな

 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)の決勝戦、日本代表対韓国代表の試合をテレビで見た。9回のウラに同点にされてヒヤヒヤさせておきながら、延長10回、イチローのタイムリーで勝ち越すなど、なかなか面白い試合だった。ま、最後に打たれた韓国代表の林投手は、私の愛する東京ヤクルトスワローズの抑え投手だから、些か、ペナントレースが心配にはなったのだけれども。

 ところで、これは今日の試合に限ったことではないのだが、WBCやオリンピックのテレビ中継を見ていていつも感じるのは、解説者の無能振りである。どんなにいい試合を展開していても、解説者の言説を聞くと、いつもゲンナリしてしまう。いったい、あれはどういうことなのか。

 まず、私が気にかかるのが、なんでもかでも、<気持ち>ですませてしまう解説者の語彙の貧困だ。ふらふらっと上がった凡フライがテキサスリーガーズヒットになった場合など、解説者は必ず、
「おーっ、気持ちで持っていきましたねっ」
 なんぞと馬鹿なことを口走る。

 いい年をして、こんな馬鹿げた言説を聞くために、テレビを見ているのではないワイ、と言いたくなるのは私だけではないだろう。また、試合が競ってくると、必ず、
「ここまでくると、あとはもう気持ちだけですっ」
 なんぞと解説者が言う。せっかく、実況アナウンサーというのがついているわけだから、発言を修正すればよさそうなものなのに、アナウンサーまで、
「そうですねっ」
 である。まさに、一望の荒野……。哀しくなってくる。

 そんな中で、やはり、光を放つのが、野村克也の発言だ。彼ほど、野球の持つ深い部分を、明瞭に言語化して我々に提示してくれる野球人は、ほかには見当たらない。強いて言えば、関根潤三がいっとき、そういう役割を果たしていてくれたけれども、さすがに彼も老いた。佐々木信也、またしかり。

 本来なら、栗山英樹や古田敦也が佐々木、関根、野村の後継者になるべきであるのに、現況では彼らもまた、<気持ち>派である。彼らはまだ若いから、今後には期待したいけれども。

 さて、今回のWBCでも、王貞治が日本代表の特別顧問として、チームに帯同していたようである。私も、王という人物は、むろん、面識はないけれども、大好きな野球人である。<野球人>という枠を越えて、<一流の人物>という印象を受ける。ブレイヤーや監督としての実績にも申し分ない。

 が、こと、<野球人>という枠に限れば、私は、日本が産んだ最大の<野球人>は野村克也だと思う。野村こそ、選手、解説者、プロの監督、アマチュアの監督という、野球人が辿るであろうすべての分野で成功を収めた唯一の存在だからである。野村の、含蓄が深く、しかも、企まぬユーモアがあって、愉しく聞きながら、何か心に残るものがある発言も、おそらくは、彼のこのような経歴あってのことだろう。野球を深く考察する姿勢については、言わずもがなである。

 王や長嶋茂雄は選手とプロの監督としては成功したが、解説者としては成功したとは言えず、アマチュア野球の指揮を執ることもなかった。むろん、当時は、プロとアマチュアの間には大きな壁があって、彼らにはアマチュア野球の指揮を執るチャンスがなかったことは割り引いて考えなければならないけれども。

 張本勲は、選手としては大成功をし、野村とはちょっとまた意味は違うけれども、解説者・野球評論家としてもある程度の成功をした。また、彼には、日韓プロ野球の橋渡し役を務めたという、野村にさえできなかった大きな功績もある。しかし、彼は、自ら監督としてチームを率いるということをしなかった(先週号の「週刊文春」の『家の履歴書』を読むと、氏の監督就任に当っては、ご家族の反対が大きかったとのことである)。

 そう考えていくと、私は、野村という人物の、存在の大きさを感じずにはいられない。野村の存在のないプロ野球界を思うと、些か大仰な表現を許してもらえれば、慄然としたものまで感じる。

 しかし、野村ももう既に高齢である。今シーズン限りで東北楽天ゴールデンイーグルスの監督を退くのが既定の方針だとの報道もある。今後は、<球界のご意見番>的な存在になっていくのだろう。

 が、その後はどうなるのだろう。もう少し若い世代から、野村に継ぐ存在が現れるのだろうか? いってみれば、野村は<稀代の人物>であるから、そうそう簡単に後継者が現れるものではないのかもしれない。しかし、仮にプロ野球が、今後も文化として発展し、娯楽の王者として振舞うためには、どうしても第2の野村が現れる必要がある。

 なんでもかでも、<気持ち>だ<気持ち>だの連呼ばかりでは、プロ野球という文化は、間違いなくやせ細り、やがては死ぬのである。私は、一プロ野球ファンとして、プロ野球の臨終には立ち会いたくはない。生涯、プロ野球を娯しんでいたいと思う。そのためにも、早く、野村克也の後継者に登場してもらいたい。  
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[ 2009/03/24 16:39 ] スポーツ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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