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「立ち上がる人たち」(世界文化社)

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失業、いじめ、夫婦不和、冤罪、我が子と夫の喪失――。失意の中、必死にもがき生きる老若男女七人、七つの人間交差物語。(帯のリードより)

■朝日新聞 5月30日付夕刊「BOOK TIME」より
●7人の男女が紡ぐ希望と再生の物語
 自らのホームレス体験を綴(つづ)ったベストセラー『ホームレス作家』から7年。著者の新作は、失業やいじめ、冤罪(えんざい)、家族の喪失といった、挫折や失意の底から人生を立て直す人々を描いた七つの短編集である。<続きを読むには●こちら●へ>


■主な書評・書籍紹介記事
産経新聞」8月3日付朝刊文化面 松井計インタビュー『希望回復への応援歌』


【詳細目次】

「始まりの歌」
 勤めていたレコード会社から突然のリストラ通告。男は、最後の音楽制作を決意した。

「0勝0敗0セーブ」
 所属していた球団を三年で解雇。一度は野球を失った男の新天地とは?

「みにくいアヒルの子」
 ある日始まった、クラスでのいじめ。少女は生き別れた父との思い出を心のよすがにした。

「水槽の底」
 元教師の主婦。冷え切った夫婦仲。失った輝きは取り戻せるか?

「オーディション女優」
 女優とは名ばかりの小劇団員。スポットライトが浴びたくて、CMのオーディションを受ける。

「推定有罪」
 ベテラン刑事が犯した始めての誤認逮捕。罪の意識に苦しむ男が決意したこととは?

「風のゆくえ」
 戦後の激動期を生きた靴磨きの老婦。なき我が子と良人の思い出を胸に、彼女は街で靴を磨きつづけた。

○発行元 世界文化社
○編集担当 岡田知也
○装幀  中 直行
○刊行年月日 2008年5月17日
○版型 四六版ハードカバー
○定価 1500円+税
○エージェント 栂井理恵(アップルシードエージェンシー
ISBN978-4-418-08514-9


【立ち読み】

『始まりの歌』

               1

「立川君、今なら、退職金も少し上乗せして出せると思うんだ」
 今年の春のある日、局長の剣持宏一が私のデスクにやってきて、唐突にそう言った。ほかの社員は既に帰宅しており、部屋には私と彼の二人きりだった。それが早期退職勧告だと理解するまでに、おそらく五分程度は要したと思う。 
 フラッグシップ・エンタテインメントに勤めて十六年目。まさか、自分がリストラの対象にされるとは思ってもいなかった。
 確かに、ここ四年ほどはヒット曲には恵まれていなかったが、それはどのプロデューサーも似たり寄ったりだ。CD業界全体の売上が落ちている。業界自体が冷え込んでいる今は、じっと雌伏の時――そんなふうに考えていた。なのに、私が何故……。
「少し、時間をもらえませんか?」
 私は言った。
 自宅に戻り、ビールを舐めながら妻に事情を話した。十一歳になるひとり娘の奏は、もう自室で眠っていた。話しにくい内容だから、自然、口が重くなる。驚かされたのが、妻の反応だった。
「そんなふうに言われるんだったら、すぐに辞めちゃえばいいわ。お父さんも喜ぶわよ」
 まるでお祝い事ででもあるかのように、彼女はそう言った。
 私と妻とは、大学の同期生だ。軽音楽系のサークルで知り合い、大学卒業後、三年目に結婚した。
 大学時代、私は、ハードロックを演奏するバンドでドラムスを叩いており、彼女は他のバンドのキーボード奏者だった。
 音楽が結んだ仲、と言っていいはずだ。そんな彼女なのに、私が音楽の現場から離れるのが、悔しくはないのだろうか。
 妻の父は、家具の製造販売会社を経営している。彼は元々、腕のいい指物大工で、自分で作った家具を売る小さな会社を起こしたのが、妻が産まれたばかりの頃だそうだ。
 その会社を、今では専務として実権を握っている妻の兄が、飛躍的に成長させた。製造部門を大幅に中国に移転したのが、その成功の一番の理由だった。 
 現在では、東京の郊外に、駐車場を完備した大型店舗を三店、展開して、今や上場も不可能ではない規模にまで会社は発展している。
「お父さんもやっぱり、信用できる身内で周りを固めたいのよ……」
 妻は、その場で義父に電話をかけ、事情を話した。こうなるともう、私には選択権はないのも同じだ。
私は、翌日、剣持に退職勧告に応じることを告げ、翌週からは早くも義父の会社の新店舗開発本部長に就任した。
 四十を過ぎた男が、リストラされても全く失業者としての時間を過ごすこともなく、再就職の苦労もなかった。収入も、僅かではあるが、フラッグシップ時代より増えた。
 友人の中には、私が、義父の会社に転職するために、自分から進んでフラッグシップを辞めたと考えている人間も多い。不満を持つほうがおかしい。それは判っている。しかし、やはり、何かが違う。
 あのとき、私のもうひとつの選択肢として、ほかのレコード会社や、音楽関連の企業に職を求める、という形があったはずだ、と今の私は思う。
 音楽プロデューサーを自分の天職とみなし、音楽制作に生きがいを感じていたのなら、それが正しい選択だったろう。
 しかし、私はそうしなかった。妻の勧めに従って、唯々諾々と義父の会社に移籍した。そうすることが、妻の喜びに繋がるのだろうし、これからますます、多額の教育費が必要になる奏のためでもある――私は、自分にそう言い聞かせた。
 結局のところ、私は逃げたのだ。失業者として、音楽業界に新たな職を求めることによって生ずるであろう、様々な困難から。義父の会社への就職を断ることによって発生するであろう妻との軋轢から……。そんな男に、何かが違う、などと感じる資格はどこにもない。それは、判っている。

                                     ■続きを読むには●こちら●
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[ 2008/05/14 20:50 ] 書誌データ | TB(-) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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