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アーカイブ原稿⑥エッセイ「ノーマライゼーション」

エッセイ「ノーマライゼーション」
初出……「大法輪」(大法輪閣)2004年1月号「鉄笛」

 私の親しい友人に、重度の難聴の女性がいる。聴力はほとんどなく、私とのコミュニケーションも、もっぱら、筆談に頼っている。が、日常的な交遊に不便を感じることはまったくなかった。最近は携帯電話のメール機能が充実しているから、離れていても筆談が可能で、電話が使えないことも意思疎通の妨げにはならない。
 実際、彼女は女手ひとつで子供を育て上げ、大手企業の要職に就いているのである。そこに至るまでにはさまざまな苦労があったにせよ、彼女は確実に難聴というハンディキャップを克服し、充実した毎日を過ごしている。
 ところが、数日前の深夜、突然、私の携帯電話に彼女からのメールが届いた。激しい腹痛に見舞われ、嘔吐も続いている。ついては救急車を呼び病院にいきたいのだが、偶々、子供が在宅していないこともあり、一一九番に電話することができない。代わりに電話してくれないか、というのである。早速、私は一一九番に電話をかけ、彼女宅に救急車を向かわせるように頼んだ。病院に搬送された彼女は、そのまま入院することになった。
 幸いなことに、彼女からメールがあったときに私が執筆中で、まだ起きていたから事無きを得たが、この出来事には考えさせられてしまった。一一九番や一一〇番は生命にかかわる危険を回避するための緊急電話である。なのに、耳が聴こえなければ、自らそこに電話することもできないのだ。
 彼女とは長い交遊がありながら、うかつなことに私もそのことの重大さに気がついていなかった。たとえばファクスやメールで救急車、消防車を呼ぶようにはできないものだろうか。障害を背負う人たちが引き受けなければならない多くの不便は、なかなか健常者には気がつきにくい。ならばせめて、それが生命、財産の危機にまでは及ばないように配慮することは、すべての人が共に生きる社会の基本ではないか、と私には思えるのだ。
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[ 2007/09/01 01:30 ] アーカイブ | TB(-) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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