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アーカイブ原稿⑤コラム「日本沈没」心に迫る切実なテーマ

コラム「『日本沈没』心に迫る切実なテーマ」
初出……産経新聞2004年3月6日付号「追憶の一冊」
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 小松左京氏の『日本沈没』を、私は刊行の翌年に読んだ。この作品は前年のベストセラーで、その年もまだ部数を伸ばしていたが、私が書店で手に取ったきっかけは、藤岡弘主演で公開された映画だったように思う。
 その頃、私は地方の進学校に通う高校生だった。今思い出してみても、若さとは残酷なものである。気位だけは人一倍高いのに、精神はまだまだ未熟で、そのバランスの悪さが日々の暮らしを重苦しいものにし、鬱々とした気分で心楽しまぬ毎日を過ごす。
 そんにときに評判になっていたのが『日本沈没』だった。オイルショックに襲われ、戦後初めてGNPがマイナス成長を記録するなど、暗い世相にこの作品がフィットしたのだろう。
 むろん、人間は世相から完全に自由に生きることなど不可能だが、本質的に、当時の私が鬱々とした日々を暮らしていたことと世相は無関係である。もし、好景気に沸き、誰もが明るい将来を確信しているような時代だったとしても、高校生の私は重苦しい毎日を過ごしていたことだろう。それが若さというものだからだ。
 しかしそこは若さの傲慢さで、当時の私はことさらに世相の暗さと、自分の不満とを重ね合わせていた。そんなときに私は『日本沈没』を読んだのである。作中では、地殻変動により、日本列島が海没することが分かったという設定の下、民族の脱出や文化財の疎開、国際政治の駆け引きなどのテーマが壮大なスケールで描かれる。
 当時の私はこの作品を、一種の現実エスケープ小説として読んだ。海中に没した日本から脱出し、新天地ですべての不満から解き放たれて生活する自分を夢想することも可能だったからだ。
 あれから三十年が過ぎた。この項を書くために、私はもう一度『日本沈没』を読み直してみた。当然、人間である限り、現在の私にも生活の不満はある。時として、日々の生活から逃げ出したくなることもある。
 しかし、もはや若者ではない私は、逃げるべき場所などどこにもないことを充分に理解している。だから再読に当って、この作品を現実からの逃避のための小説として読むことはなかった。そんな現在の目で読むと、心に迫ってくるのはむしろ、日本とは何か、日本人とは何か、私たちはどこからきて、どこへいこうとしているのか、といった、より切実なテーマである。
 ひょっとしたら、『日本沈没』は、今の時代にこそ、読まれるべき作品なのかもしれない。
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[ 2007/03/02 12:17 ] アーカイブ | TB(-) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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