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アーカイブ原稿②書評「武士道というは死ぬことと見つけたり」

書評「武士道というは死ぬことと見つけたりジョージ秋山著(幻冬舎
初出……産経新聞2005年9月26日付号「旬を読む X氏の1冊」
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 我々の世代にとって、ジョージ秋山という作家は、ある種の<異物>として記憶に刻まれた作家である。少年の日の夏、短い午睡の中で見た悪夢のような作家、と言い換えてもいいかもしれない。
 私が、初めて秋山の作品に巡り会ったのは、少年週刊誌に連載された「パットマンX」という作品だった。ここまでの秋山はまだ、ほのぼのとしたギャグまんがの描き手である。ところがその後、彼は少年読者にとっては唐突とも思える変貌を遂げ、「アシュラ」や「銭ゲバ」といった過激な問題作を連発する。「アシュラ」などは、そのカニバリズム的表現が問題とされ、掲載誌の回収騒ぎまで起こっている。
 今にして思えば、それは、大手出版社から刊行される少年週刊誌でさえ過激なメディアでありうることが可能だった時代の、漫画という新文化の激しいパワーを証明するエピソードである。しかし、まだまだ幼さをひきずっていた我々の世代には、それらの秋山作品は過激に過ぎ、トラウマに似たものを残しながら、秋山は私の脳裏に、<異物>として記憶されていったのである。ところが、そうであって尚、私は秋山作品を避けることはしなかった。その後も秋山が発表し続けた数々の問題作のほとんどを私は読んでいる。それほど、秋山の作品は少年にとって、抗いがたい魅力を放っていたといってよかろう。この辺りは、ほぼ同様の経緯をたどった同世代者も多いことと思う。秋山はその意味でも、異質な作家だった。
 その秋山が、このたび「武士道というは死ぬことと見つけたり」を書き下しという形で発表した。武士道の聖典ともいうべき「葉隠」は佐賀鍋島藩で1716年頃成立しているが、本書は、その「葉隠」から97の蔵言を選び、それを秋山が「独自の解釈」でまんがにしたものである。
 むろん、秋山の独自の解釈であるから、これまでに多くの知識人が試みた解釈とは異なっている点も多い。しかし、それは決して、秋山の誤読ということではない。「パットマンX」から現在も連載中の「はぐれ雲」に到る秋山の作品群を俯瞰すると、そこには一人の作家が、苦悩し試行錯誤しながら、自らの思考を確立し、それを創作に反映させてきた経緯が読み取れる。本書は、そんな秋山のある種の到達点といっていいと思う。だからこそ我々読者は、秋山の「独自の解釈」を彼自身の、作家としての思考の到達点として読むことができるのだ。長くの秋山の読者として、私は本書の刊行を喜びたい。
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[ 2007/03/01 23:51 ] アーカイブ | TB(-) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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