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ここ、イタイイタイ

 今年、中学に入ったうちの娘は、歩き始めるのも言葉を覚えるのも早かった。生後6ヶ月くらいでもう普通に歩き、2語分をしゃべるようになった。ところが、まだ頭の大きい典型的な乳児の体形だから、公園などで遊ばせているとよく転んだ。だから、彼女を公園に連れて行く時には、携帯できるスプレータイプの消毒液やバンドエイドが必需品だった。

 転んで作った傷に、
「ちょっとしみるけど、がまんするよー」
 などといいながら消毒液をスプレーしてやり、バンドエイドを貼る。娘は、嬉しそうににこにこしている。バンドエイドは子供向けの、アンパンマンやドラえもんのイラストがついているものである。娘はそれが嬉しいのかと思ったら、そうではない。

 何故、それと判るかというと、娘は、バンドエイドを貼った傷口を指差しながら、
「ここ、イタイ、イタイ」
 などと口にするからである。当時の娘にとって、バンドエイドを貼った傷は、ある種のアピールポイントだったわけだ。
「イタイ、イタイ」
「そうだねー。気をつけようねー」
 娘、にこにこにこ。これは、乳児と父親との、幸福な時間ではある。

 その娘も中学生になった。テニスを始めたこともあり、今でも時折、手足に傷を作っていることがある。私が、
「バイキンが入っちゃうぞ。バンソウコウでも貼っとけば?」
 言うと、
「やだよ、みっともない」
 と応じる。生後6ヶ月から1歳くらいの頃に比べ、娘も成長したわけである。

 読者諸賢は既にお判りのことと思うが、私は、上記のエピソードを紹介しながら、民主党の三宅雪子代議士を揶揄しているのである。彼女の一連の行動は、ただただ見苦しく、メディアで彼女の肉声が紹介されるたびに腹が立つ。洗練された先進国であり、大国のひとつに数えられる国の代議士が、しかも40代の半ばになんなんとする大の大人が、こんなことでいいはずはないではないか。今すぐ、議員辞職して欲しいというのが、私の正直な感覚である。

 巷間言われる如くに、委員会で転んだのが三宅の自作自演であるのかどうかについては、私はあまり関心がない。そんなことはどうでもいい。しかし、その後の行動が、どうしても是認できない。転んだ次の日、三宅は車椅子に乗って委員会に現れ、ご丁寧に松葉杖を突いて階段を降り、もう一度、転んで見せた。

 おそらく、三宅は、自らのこのような行動が、<国民に対するアピール>になると判断しているのだろう。少なくとも、<みっともないこと>であり、<恥>だとは考えていない。選挙という洗礼を浴びる立場である以上、選挙民の反応がマイナスに働くと思えることを、わざわざやるはずはないからである。

 つまり、三宅は、委員会での転倒→車椅子でのカメラの前への登場→松葉杖でのカメラの前への登場の一連の流れが、選挙民の印象としてはマイナスに働くことはなく、プラスのアピールになる、と考えていたと判断するしかない。そうでないと、彼女の行動に整合性が担保できない。まあ、松葉杖を突いての再転倒は、想定外のことだったかもしれないが。

 私は、代議士の、こういう形での選挙民のナメ方が耐えられないのである。

 しかも、事態はその後、更に小児的な方向に発展している。
「あまりくんが、ゆきこちゃんを突き飛ばしてころばせました。ホームルームで取り上げるべきです」
「ぼくはゆきこちゃんを突き飛ばしていません。ゆきこちゃんが勝手に転んだんです」
「ぼくは、ゆきこちゃんが、自分で転んだといってるのを聞いたよ」
 なんぞと、これがいい歳をした大人たちが、国会という場で行うべき言説なのだろうか――と、天を仰ぎたくなる事態に堕してしまった。

 もう一度いう。日本は、大国である。政治的にも、経済的にも世界に影響を与えずにはおられぬ国である。諸君は、その国の代議士であり、いい年をした大人である。もういい加減にしてくれるつもりはないか?

 委員会で小競り合いがおき、もみ合っているときに転ぶなどということは、とうぜん、ありうる。しかし、国会でそれが起こったことは、代議士にとって恥のはずである。従って、三宅の採るべき態度は、一つだったはずだ。事後に記者会見でもし、
「委員会で転んでお騒がせしました」
 と頭を一つ下げればいい。それで、この問題は終了である。翌日は、車椅子に乗ってカメラの前に登場したり、松葉杖を突いて階段を降りるところをカメラに撮らせたりせずに、議席のすみのほうで大人しくしていればいい。私も、大きな怪我をしたことがあるから判るが、怪我がひどければひどいほど、安静にしているほうが治りも早いはずじゃないか。

 また、民主党の幹部も、多少は野党にイヤミを言いたいのであれば、
「委員会で議員に怪我人が出ては、まともに議論ができず、職責が果たせない。委員会はもみ合う場所ではなく、言論の府なのだから、野党の諸君もこれからは気をつけて欲しい」 
 ぐらいのことを言うに止めておけばいいではないか。それで、この問題はすべて終了。だれが突き飛ばしたの、自作自演だのと騒ぐ必要はないし、三宅もわざわざ診断書などを取る必要もない。

 もし仮に、そういう終了のさせ方をせず、いつまでもこの問題を引っ張ることが選挙民に対する絶好のアピールになる、と与野党の双方が判断しているとすれば、それは選挙民をナメきっているとしかいえないし、もうこの国は終わりである。小学生が国会を運営するようになっては、国家に未来など在るはずはなかろう。

 上記が、今回の空騒ぎに対する私の見解である。そして、国民の大半も、そういうふうに見ているはずである。むろん、私は僭越にも国民を代表している、というふうに考えているわけではない。常識的な、フツーの大人なら、誰でもそう考える――というだけの話である。もし、政治家だけがそう考えていないとすれば……恐ろしい。そんなことはないと信じたい。

 ところで、三宅の転ぶところを2度見て、私は、ある種の感慨を覚えた。彼女は2回とも、頭から床に崩れ落ち、反射的に手を突く、ということをしなかった。これは、非常に危険な転び方である。通常、人間は、無意識に手を突いて顔や頭などの命に関る部分を庇うものなのである。それが生物の本能というものだ。ところが、今の子供たちは、たとえば校庭で小学生が転んだときなど、今回の三宅のような転び方をするケースが多いことが指摘されている。だから、大怪我に繋がりやすいとも言われる。

 まあ、そういう転び方は、昔はコントでよくやっていたもので、ドリフターズなどはこれが非常に上手かった。手を突かずに頭から前向きに倒れたり、立ったまま後ろ向きに倒れたり……そういうコントが、昔は多かった。アチャラカ喜劇からの流れだろう。だからこそ、それと似た倒れ方をした三宅が、自作自演などといわれるのかもしれない。しかし、自作自演でないとしても、三宅の転び方が、今、学校社会で問題視されている子供の危ない転び方と似ていたことは、ある意味で、非常に示唆的である。

 国会議員に、神のような叡智を求めるほど、私は楽観主義者ではない。しかし、国会が大人の議論を放棄するのを座視するほど、善人でもない。議員諸君は、もう少し大人として行動してくれ。
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[ 2010/05/17 13:32 ] 政治 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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