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連続試合出場

 阪神タイガースの金本知憲外野手が今日の対横浜5回戦のスタメンを外れて、1999年7月から続けていた連続フルイニング出場の記録が、1492試合で途切れたとのことである。朝日新聞電子版の報道によると、これは、金本が自ら申し出てのことだという。

 私は、金本はいい決断をしたと思う。しかし、本来なら、金本から申し出がある前に、もっと早く、真弓明信監督が彼をスタメンから外すべきだった。今年の金本は、右肩の筋肉が部分断裂しているとかで、レフトを守っていても、返球ができない状態だった。プロを名乗り、お金をいただいて野球を見せる以上、ボールを投げられない選手に外野を守らせるなど、もってのほかである。

 真弓監督にその決断が下せなかったのは、むろん、金本が連続フルイニング出場の記録を続けていたからである。しかし、プロの鉄則である、<最高のプレーを見せる>という原則を放棄してまで、連続フルイニング出場の記録を続けることに、いったい、何の意味があるというのか。<記録のため>と称して、こういうことをやるから、プロ野球は娯楽の王者の座を滑り落ちたのである。

 プロ野球の記録に何故、意味があるかというと、そこに<作為性>が介在する余地がないからである。王貞治の868本塁打にせよ、張本勲の3085安打にせよ、それが<作為的>に作ることができない記録だからこそ、価値があるのだ。ところが、この<連続試合出場>という記録に関しては、作為が働く場合が多い。過去には、腕を骨折して、守備も打撃もできない選手が、代打で登場して連続試合出場記録を伸ばしたことがある。これは、野球の、プロの本質に外れる行為である。

 もっとひどいのになると、かつて、<連続四番打者出場>という、それに何か意味があるのかどうかも判然としない記録を続けている選手がいた。ところが、彼は<連続四番打者出場>の日本記録が近づいた頃に怪我をしてしまい、とてもではないが、試合に出られる状態ではなくなった。その時、球団はどうしたかというと、その選手を四番打者としてDHでスタメン出場させ、1打席だけバッターボックスに立たせたのである。

 それで、<連続四番打者出場>の記録は更新されたから、すぐにほかの<きちんと打撃ができる状態の選手>と交替させる、というなんとも馬鹿馬鹿しい方策を採ったのだ。そういう不毛というか、プロの矜持を放棄したというか、客をバカにしているというか、まあそういった試合が何試合か続いた。そしてめでたく、<連続四番打者出場>の日本記録を作ったところで、その選手は試合に出なくなったのである。こんなことに、いったい、何の意味があるのだろうか。そういうことをやったせいかどうかは知らないが、その球団は、今は消滅してしまった。

 <記録>という野球に付随する一つのファクターのために、野球の本質をかなぐり捨てるなど、愚行の最たるものというほかない。その意味で、私は、今日、金本の無意味とも思える連続フルイニング出場記録が途絶えたのは、とてもいいことだと思っている。多少、遅きに失した感がないでもないが、それは金本の責任ではない。真弓監督の責任である。記録が途切れたからといって、金本が今まで築き上げてきた記録の価値が薄らぐわけでもないし、ましてや、金本の選手としての評価が下がるわけでもない。

 今日の試合では、金本は8回に代打で出場して、単純な連続試合出場記録のほうは1638試合に延びたとのことである。こちらのほうの記録も、ムリに継続させるために、試合の必然性や金本のコンディションに関らず、何が何でも毎試合、代打で出場させる、などというバカな采配を振らないことを、真弓監督には期待したい。そんな行為は、金本の価値を下げるだけだ。と同時に、プロ野球の価値を下げるだけである。

 ところで、今日もまた、もはや恒例となった感があり、<東京名物>とすらいいたくなる石原慎太郎都知事の暴言があった。最初に報道に接した時には、あまりのことに驚き呆れた。で、私なりの意見もあるし、石原発言の論理的誤謬を指摘することも、まったくもって容易である。実は、このブログでそのことを書こうかと思っていた。

 しかし、それは止めることにした。というのは、石原さんがそういう暴言を吐くのは、先にも記したように、<恒例>であり、<東京名物>なのだ。だから、彼がどんな馬鹿げたこと、ひどいことを口にしようが、もはや論評の対象にするべきではないと悟った。軽く舌打ちをし、
「あ、またですか。了解です。お疲れでした」
 と呟くのが正しい対応というものである。東京都民として、極めて哀しいことだが、我々都民が選んだ知事だから仕方がない。

 ただ、私は、まだ小さい子を持つ父親であるから、多少の防御はしないといけない。彼の「太陽の季節」なら、今7年生の娘や、3年生の倅に読ませても、何の害もないと思う。子供には読ませないほうがよい作品だとも思わない。むろん、彼らが作品を理解できるかどうかは別としてだが。いくら過激な性表現があろうと、それよりも<文学史的価値>のほうが大きいからである。

 しかし、MXテレビでオンエアしている都知事の定例会見の模様は、絶対に子供たちには見せたくない。あれは、子供にとっては<有害番組>である。大の大人が、しかも社会的地位の高い人物が、理屈にならないことである種の人々を誹謗し、記者を恫喝し、非論理的な暴言を吐く姿を見せることが、子供にいいことだとはどうしても思えない。だから、私は最小限の防衛策として、知事の会見は子供たちには見せないのである。石原さんふうの<暴言>を採用させてもらえば、知事の記者会見は、都条例で、18歳未視聴覧禁止の番組に指定して欲しいくらいだ。
 
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[ 2010/04/18 23:15 ] 日常生活 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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