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東京大空襲

 今日は3月10日。65年前――1945年の今日、東京大空襲が行われている。下町一帯は一夜のうちに焦土と化し、10万を越える都民が犠牲になった。加えて、多くの戦災孤児を生み、戦後の彼らの人生に大きな影を落としてもいる。

 元々、当時の日本では3月10日は陸軍記念日であった。1905年のこの日、日露戦争を闘っていた帝国陸軍は奉天会戦に勝利し、奉天(現在の瀋陽)に入城を果たしたている。これを記念して、帝国政府は、翌1906年から3月10日を陸軍記念日としたのである。

 米軍がこの日を東京大空襲決行日に選んだのは、戦勝を記念する日に大打撃を与えることで、日本人の士気を挫き、厭戦気分を醸成するためだったとも言われている。

 東京大空襲作戦を立案したのは米陸軍のカーティス・ルメイ少将(当時)だったが、彼は同作戦を発動するに当たり、
『東京を地図上から消滅させる』。
 と発言している。彼はどうも残忍なレトリシャンであったらしく、後に米空軍参謀総長に就任して、ベトナム戦争での北爆を計画したときには、
『北ベトナムを石器時代に戻してやる』
 と発言したともされている。まあ、実にアメリカ人らしい軍人だというべきか。ジョン・ウエインが西部劇で口にしそうな台詞である。

 いずれにしても、近代国家になったばかりの日本が、大国ロシアとの戦争に勝ち、世界の5大国に名乗りを上げるきっかけとなった日を祝った3月10日は、そのときから数十年を経て、国民が等しく哀しむべき忌日となったわけである。まさしくこれは、歴史の皮肉と言うべきであろう。

 さて、東京大空襲を巡る歴史的皮肉は、実はもう一つある。同作戦の立案者であり責任者であるルメイは、1964年、日本政府から勲一等旭日大綬賞を受けているのである。自衛隊の育成・指導に貢献した功績が大きい――という理由である。

 つまりはカーティス・ルメイは日本政府にとっては、首都を瓦礫と死骸と、悲哀と慟哭の都に変えた張本人であるとともに、戦後日本の安全保障に大きく貢献し、国を守った人物でもあるということだ。

 これは歴史の、民族の皮肉である。しかし、戦争とはそんなものだ。その程度の愚なるものである。従って私は、徹頭徹尾、反戦の立場を貫きたい。広島・長崎の原爆に比べて、東京大空襲は語られる機会が少ないように、私は感じる。首都の悲劇を次の世代に伝えていくのは、今の時代を生きる我々の義務だと思うのだが
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[ 2010/03/10 16:10 ] 日常生活 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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