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小沢は不起訴か……

 テレビの報道によると、東京地検は小沢一郎民主党幹事長の不起訴を決めたようである。

 法律用語に〈疑わしきは罰せず〉という言葉がある。本来、これは裁判に対して使われる言葉である。しかし日本の刑事訴訟ではほとんど有罪判決が出る。そうなると、日本ではこの〈疑わしきは罰せず〉の原則が機能していないのではないか、との疑義も出てくるわけだが、実はそうではない。

 日本の場合、起訴権は検察にしか与えられていない。我々はこれを普通のことだと考えているが、世界的に見れば、こういうシステムのほうが特殊なのだ。さて〈疑わしきは罰せず〉の原則についてである。日本の場合、上記のような事情もあり、検察が公判が維持できる(確実に有罪判決が得られる)と判断したケースしか起訴しない。つまり日本においては〈疑わしきは罰せず〉の原則は裁判所レベルで担保されているのではなく、その前段階である〈起訴〉の段階で担保されている、ということになりそうである。これは、司法システムとしては極めていびつなことである。同じような法的原則に〈推定無罪〉の原則があるが、日本ではこれが顧みられることはほとんどない。これも〈確実に有罪にできる〉と検察が判断したケースしか起訴されないことが、その大きな原因と考えてよかろう。

 と考えていくと、今回の小沢の不起訴は、公判が維持できる保証がないから起訴されなかった、と考えなければならない。つまりは〈証拠不充分〉である。検察レベルでの〈疑わしきは罰せず〉の原則だ。これが困るのは、公判が行われないから、我々国民が真相を知る機会が失われる、という点である。結局、今回の小沢の問題も、闇の世界で起こり、また闇の中に溶解していくことになる。これでは、今までの政治と金の問題の終結の仕方と何ら変わらない。せっかく政権交代したのに、それでよいのだろうか?

 検察が不起訴にしたということは、小沢の今回の問題がすべて終わったということではない。むしろ逆で、検察から民主党にボールが投げ返されたのである。これで検察VS新政権という構図は消えた。であるならば、これからは民主党が〈新たな理念〉に基づいて政権を担当していくためにも、今回の小沢の問題を〈民主党の自分自身の問題〉と捉えて、自発的に精査し総括すべきだ。でなければ、いつまでも政治は変わらないし、我々国民も、遠くない将来、せっかく政権交代した新政権にも絶望することになるだろう。それは〈国家の不幸〉である。
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[ 2010/02/03 22:38 ] 政治 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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