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親父の言語美学

 今年は寅年である。今週の土曜はうちの娘の誕生日なのだが、彼女は平成10年――寅年の生まれだから、初の年女ということになる。もう12歳か。早いものだ。ところで、実は私の亡父も寅年。生きていれば、84歳である。彼は、昭和元年と重なる大正15年に生まれ、昭和の最終年、64年と重なる平成元年にみまかったから、昭和とともにきて昭和とともに去った男である。その意味で、私にとっての昭和史とは我が親父の人生そのものでもあるわけだ。

 さて、その親父が生前、ひどく嫌がった言葉がある。一つは〈現場〉で、もう一つが〈文化人〉だ。父の妻――こういう気取ったつもりの持って回った表現はプロの文筆家としては厳に避けるべきですね(笑)、ま、私の母である――は、教員だった。その母が家族で飯を喰っているときなどに、
『学校の現場では――』
 なんぞと口にすることがよくあった。そういう時は、彼女は教育委員会や文部省(当時)は学校のことを分かっていない、といったような愚痴を言いたいのである。すると、父がこれをひどく嫌がるのだ。学校を〈現場〉と表現することを。
『君んとこの学校は改築工事中か?現場というのは工事現場のことで、最前線や第一線をなんでもかでも現場というべきではない』
 というのが彼の意見だった。これはほかの職業についても同じで、とにかく〈第一線〉を〈現場〉と表現することを親父は嫌った。〈現場〉という言葉の定義が親父が言った通りなのかどうかは、私にはよく分からない。しかし、彼の言語美学的には〈工事〉を伴わない〈第一線〉を〈現場〉と呼ぶ感覚が受け入れがたかったのだろう。

 〈文化人〉のほうはもっとハッキリしていて、
『何をやっているのか分からない表現をするな。小説家なら小説家、音楽家なら音楽家、学者なら学者とハッキリ言えばいいじゃないか』
 ということだった。つまりは、〈文化人〉という言葉が、内容がない上に妙に気取って聞こえたのだと思う。ただ、これには少し時代的背景も考慮する必要があるだろう。当時は長嶋茂雄氏が読売ジャイアンツの監督を解任されて、定職につかず浪人生活を送っていた時代である。そこで各メディアが仕方なくというかムリクリにというか、〈長嶋の文化人活動〉などという表現を使っていた。親父としてはそういう風潮が気に入らない、ということもあったのだろう。

 彼が今、生きていれば、かなりの〈頑固爺さん〉になっていたろうなあ。そんな親父を見てみたかった。
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[ 2010/01/11 18:52 ] 日常生活 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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