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対談本刊行中止の顛末

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 元々、夏は弱いほうなのだが、ここ数日、極めて体調が悪い。身心ともに、疲労が濃く、体がだるくて仕方がない。昨日から新しい小説のプロットを作り始めているのだけれども、なかなか頭が働かない。困ったものだ。しかし、我々自由業者は、仕事ができなくなったら、直ちに飢え死にである。そうなるわけにはいかないから、疲れ果てた体に鞭打つほかない。

 先ほどまで、少し体を休めて、頓挫した対談本のゲラを読んでいた。金森重樹君と私の連名でアスコムから出す予定だった対談本である。この本については、既報のとおり、再校まで終わっていたのに、結局、刊行が中止になった。金森君のエージェントと、アスコムの担当者から聞いた話だと、刊行中止は<金森君の強い意向>とのことである。

 ざっと読んでみて、決して悪い本ではない。むろん、形式が対談本であるし、単著ではないから、私にとっても、金森君にとっても代表作になるようなタイプの本ではない。しかし、充分に読者の要望に応える内容だと、私は思う。それはそうだろう。最後の最後まで、エージェントもアスコムも、この本を出したがっていたのだから。

 実は、私が仲間内での集まりのときなどに、よく話す、教育を巡る、ある感動秘話がある。私の母の教え子のエピソードだ。その話を聞いた仲間からはよく、
「松井さん、それ、身内だけに話すのはもったいないよ。あんたはモノカキなんだから、どっかに発表しないと」
 といわれたものだ。そのエピソードも、この対談本で、初めて公にするつもりだった。

 まあ、対談本であれなんであれ、共著である以上、片方の著者が刊行を渋り始めたら、なかなか世に出すのは難しい。しかし、普通の常識ある人間なら、共著であるからこそ、相手に迷惑をかけないように、自分勝手に刊行を中止したりはしないものである。

 それでも、どうしても出したくない、というのなら、本人が、きちんと私に事情を説明するべきだ。で、自分の意向で私に迷惑をかけるわけだから、その部分については、虚心坦懐に詫びればいいではないか。

 菓子折でも持って、私の事務所に詫びにくれば、私は、会ってきちんと話を聞く。それで双方が納得してこそ、大人のビジネスというものだろう。

 なのに、あたかも、私が関っていようがいまいが、そんなことは預かり知らぬ。自分で刊行の中止を決めるのは当然のことだ、とでもいうかのように、私は一切無視されているから、哀しくもなるし、腹も立ってくる。

 金森君のエージェントから、理由らしきものは聞いている。いわく、この対談本の進行中に、金森君がほかで出した本が、彼が期待していたほどは、評価されなかった。なので、次に出す本は、代表作になり、高く評価されるものでなければならない。この対談本では、それは望めないから流す――というのが、理由だそうな。こんな身勝手な話が、果たして、あっていいものかどうか。

 これは、エージェント経由で聞いたことだから、金森君の本意とは違うかも知れぬ。しかし、仮に、私が彼の本意とは違う受け止め方をしていたとしても、それは、金森君の責任である。一切の事情説明を抛棄するから、そういうことになる。

 自分ひとりで書いた本なら、それでもよかろう。しかし、この本は、半分は私の本なのである。それを、このような事情で流すなんぞ、<大人の常識>ではありえない。当たり前の話だ。いろんな人が絡んでいるビジネスを、たった一人の都合で流して、ほかの人に迷惑をかけてもかまわない、というのは、とてもではないが大人の思考法ではないですよ。誰がどう考えても。

 もう一ついえば、金森君は、私の対談本を読みたいと思っている、私の読者からも、自分の意向で楽しみを奪ったのである。彼がもし、自分を<文筆家>と名乗るのなら、決してやっていいことではない。

 もうここまできたら、私は、この本を世に出すことは諦めた。しかし、金森君には、私に対する事情説明の義務があると考えている。事務所で待つ。エージェントを通してでもいいから、いつ、うちの事務所へ事情説明にきてくれるのか、連絡して欲しい。

 私は、対談を終えてゲラを戻したあと、ただ刊行を待っていただけではない。ゲラを戻した後、今年の2月になって、エージェントを通じ、
「金森君がこの本に不満を持ち始めているので、松井さんのほうで、色々と追加の案を考えてくれないか」
 といわれた。彼としては、金森君の意向に沿った内容の対談をもう一度行い、それを最終章に付け加えることで、問題を解決したいようだった。
「しかし、もう再校ゲラも返してるよ」
 私が渋るのへ、
「折角の本ですから、いい形で世に出したいので、そこをなんとか――」
 とエージェント。ここまでいわれれば、私としても無下にはできぬ。金森君はどういうふうにしたいといってるのかを訊くと、エージェントがあらましを伝えてくれた。

 私は、それに応じて、新たな対談のために、53項目もの対談案を、<金森君の意向に沿って>作ったのである。しかし、その最後の対談にすら、金森君は応じなかった。こうなると私が、アゴで使われた、と感じても無理はあるまい。

 私は、金森君より、年齢で一回り上、文筆業のキャリアは3倍、著書数も3倍を越える。そういう人間に対して、少しくらいの敬意は払ってくれてもいいのではないだろうか? アゴで使った上で、自分の意向で本を流し、その理由説明もなければ、挨拶一つない。

 私はそんなチンピラか。私が、こんな感情的な文章を書くのは、極めて珍しいことである。金森君には、その意味を、少しは理解して欲しい。
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[ 2009/07/28 16:47 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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