スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

アーカイブ原稿30「太平洋戦争の落とし穴」第16回

■「太平洋戦争の落とし穴」第16回『今も存在する卑怯なヤツら』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年5月8日号

 何事も責任の所在を曖昧にしてウヤムヤに終わらせる――。
 ご存じ、日本型村社会の無責任システムである。国や企業の指導者にこれをやられては庶民はタマらない。太平洋戦争でも多くの卑怯なヤツらが責任を取らずのうのうと生き延びている。
 そのひとりが陸軍の富永恭次中将。この男は1940年9月に政府の方針に反して独断で北部仏印への武力進駐を行った。一度は左遷されるが、41年4月には人事局長として中央に復帰。44年8月、特攻部隊の第4航空軍司令官に任命される。

 富永は「諸君はすでに神である。必ず私も後を追う」と毎日、特攻部隊を送り出した。だが、この言葉は嘘だった。彼は敗戦時に自分だけフィリピン経由で台湾に逃亡。終戦までうまく生き残り、シベリア抑留を経て55年に帰国している。
 インパール作戦で「死の行軍」と呼ばれるほどの大量餓死者を出した牟田口廉也も似たようなものだ。作戦失敗後、陸軍予科士官学校校長に就任。戦後も生き延び、インパール作戦の失敗は自分の責任ではないと主張し続けた。
 極め付きが辻政信だ。ノモンハン事件で独断専行し、ポートモレスビー攻略作戦では実情を無視した作戦を立案。大量の死者を出しながらも、「作戦の神様」と評価され続け、戦後は国会議員になった。白骨になったまま戦場に眠る英霊は彼らの身の処し方をどう感じているだろう。
 現在でも失敗を犯した官僚がいつの間にか主要国の大使に就任したりする事例は枚挙にいとまがない。社会のシステムや権力者の資質はそう簡単には変わらないのである。
スポンサーサイト
[ 2009/07/10 22:04 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
トラックバック
この記事のトラックバックURL

来訪者数
松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

メールフォーム
松井計への仕事のご注文は、松井計事務所にご連絡ください。下のアイコンをクリックすると、メールフォームが開きます。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。