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アーカイブ原稿21「太平洋戦争の落とし穴」第6回

■「太平洋戦争の落とし穴」第6回『米軍の技術開発に敗れたマリアナ沖海戦』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年11月24日号

 連合艦隊は44年6月19日のマリアナ沖海戦で事実上壊滅した。この敗北で日本軍は完全に制海権を失い、敗戦が決定的となったのである。
 この海戦で空母5隻を主幹とする機動部隊を率いた小沢治三郎中将はアウトレンジ作戦を採用。日本軍の艦載機が米軍機より航続距離が長いことを利用して、米軍機の作戦圏外から航空機を発進させる戦法である。

 しかし作戦は成功しなかった。日本軍機が敵空母部隊を発見し「勝った!」と思った次の瞬間、高高度から敵戦闘機が襲ってきた。米軍は高性能レーダーで日本軍の動きを察知していたのだ。しかもドップラー効果を使ったVT信管によって対空砲火の命中率を格段に高めていた。
 一方、日本軍は度重なる消耗戦でパイロットの多くを失い、この海戦に参加したのは短期訓練しか受けていない者ばかり。技量が劣るため、せっかくの航続距離の長さを十分に生かせなかった。開戦以来の長期の激闘で日本軍は戦力を落としたが、逆に米軍はレーダーやVT信管などの新兵器の開発に専念して戦力を増強した。日本軍はまさに負けるべくして負けたいっていい。
 日本軍は大鳳、翔鶴、飛鷹の空母3隻と航空機約200機を失った。結果、同年7月には絶対防衛権の要衝であるサイパン島が陥落。米軍は本格的な空襲を開始した。
 冷静に彼我の戦力、国力を判断すれば、日米戦の結果ははっきりしていたはずだ。本土空襲や原爆投下で夥しい人命が失われたことを考えれば、もっと早く降伏するべきだった。
 相手を知り、自分を知り、その上で新たな技術を開発していかなければ、生き残る道はない。これは戦争にかぎらず平時の外交でも同じである。マリアナ沖海戦はそれを我々に教えている。
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[ 2009/07/07 23:48 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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