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アーカイブ原稿⑲「太平洋戦争の落とし穴」第4回

■「太平洋戦争の落とし穴」第4回『意思の不統一で失敗したレイテ湾「捷一号作戦」』
■初出……「日刊ゲンダイ」2005年10月24日号

 日本社会の大きな問題点の一つが縦割り行政、セクショナリズムの弊害である。これは今に始まったことではない。太平洋戦争中にもセクショナリズムによって大失敗した作戦がある。捷一号作戦がそれだ。
 44年10月、日本軍は米軍のフィリピン上陸作戦を阻止するべく捷一号作戦を発動した。戦艦7隻を基幹とする栗田健夫中将指揮の第一遊撃部隊をレイテ湾に突入させ、米海軍輸送船団を攻撃する作戦だ。

 が、栗田艦隊を援護する飛行機がない。そこで日本軍は小沢治三郎中将指揮の機動部隊を囮にして輸送船団を援護する米機動部隊を栗田艦隊から引き離す作戦を立てた。その間に栗田艦隊をレイテ湾に突入させるのだ。
 10月24日、栗田艦隊は米機動部隊に発見され、攻撃を受ける。しかし、同時に小沢機動部隊も発見した米軍はこちらを主力とし判断して栗田艦隊への攻撃を中止。囮作戦は成功した。丸一日に及ぶ米軍の攻撃で小沢機動部隊は壊滅。小沢は「敵は我を攻撃しつつある」という電文を打った。
 ところが、この電文がなぜか栗田艦隊に届かなかった。それどころか栗田は栗田艦隊の北100㌔に米機動部隊がいるとの出所不明の怪電文を受け取る。この電文で囮作戦が失敗したと判断した栗田はレイテ湾突入を諦めて反転。敵機動部隊を求めて北へ向かった。こうしてレイテ湾突入の機会は失われ、捷一号作戦は失敗。結果、フィリピンは米軍に奪還され、艦船の多くを失った日本軍は組織的な抵抗力を完全に失ったのだった。
 謎の多い海戦だが、小沢電文の不着や、怪電文が届いた背景には海軍内の意思の不統一かあったともいわれている。現代のセクショナリズムも国を滅ぼしかねないのだ。
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[ 2009/07/07 23:29 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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