スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

アーカイブ原稿⑬『私の修行時代』

『私の修行時代』
■初出……アップルシードエージェンシーメールマガジン「出版プロジェクト・物語小説編」2008年7月14日配信号、7月28日配信号

 私には、デビュー前に特筆すべき修行時代がない。同人雑誌に参加して文筆修行に明け暮れた日々があるわけでもなく、デビューを夢見て、文芸雑誌の新人賞に繰り返し応募した経験があるわけでもない。気がついてみたら小説を刊行していた、というのが正直なところだ。だから、私はずっと、新聞・雑誌のインタビューや、テレビ出演した折などに、
「私は、作家としての育ちが悪いのだ」
 と公言してきた。何も、韜晦するつもりでそういうことを口にしたのではない。それが私の正直な実感であり、感慨なのである。


 もう15年以上昔のことになるが、当時、荒巻義雄さんが徳間書店から刊行した「紺碧の艦隊」シリーズが大ヒットしたことから、時ならぬ戦争シミュレーション小説ブームが起こった。既に出版不況に差し掛かった時期でもあり、中堅出版社を中心として、ある程度の部数が期待できる戦争シミュレーションの書き手が、広く求められるようになった。当時、私は出版業界の周辺にいたのだが、そんな流れの中、ある執筆集団から声がかかり、戦争シミュレーション小説を発表するようになったのである。極めて異例で、ラッキーなスタートだったと言えようか。
 この執筆集団時代がほぼ1年半。その間、私は20数点の作品に参加している。この時期は、むろん、ひとりで一つの作品を仕上げるわけではないけれども、2週間に1度、〆切があるようなスケジュールで、その意味では、私は、プロの文筆家になってすぐ、超多忙な生活を始めたことになる。やがて、執筆集団の中で、看過できない創作上の齟齬が生じたこともあり、私は集団を離れ、ひとりで小説を発表するようになった。これが1995年のことで、当時使っていた筆名が<松井永人>である。その年の7月に、単著のデビュー作が刊行になり、年内に4冊の著書を私は発表した。半年間に4冊であるから、過密スケジュールは執筆集団時代とそれほど変わらなかった。
 執筆集団時代も含めて、後に妻から、
「あの頃、いつ寝ていたの?」
 と、真面目な顔で訊かれたような、多忙な時代である。今では莫迦げた笑い話だけれども、執筆中、夕食をすませたかどうか判らなくなり、妻に訊いたら、夕食どころかその日は、朝から何も食べていなかった、などということもあった。
 さて、冒頭で私は、デビュー前に修行時代らしい修行時代がなかった、と記した。実は、私の文筆家としての修行時代は、まさにこの過密スケジュールの時期だったのである。私に、プロの文筆家として通用する筆力があるとすれば、間違いなくそれは、この時期に培われ、養われたものなのだ。もし、この時代がなったから、小説家としての、松井計は存在しない。そのことだけは、はっきりと断言できる。
 人物造形、ストーリー、そして文章の味わい。私は、この三つが小説における最も重要な要素だと考えている。私の修行時代、それをどう学んだかについて、少し記してみたい。
 私がかつて書いていた戦争シミュレーション小説には、軍人や政治家など、実在の人物が多く登場する。実在の人物については、読者の側も基礎知識を持っているから、ある程度固まったイメージがある。従って、それに沿って、作中に人物を配置することも可能になる。ただ、それだけでは、小説に登場する人物としては弱い。そういう手法では、作中人物は、血の通った人間ではなく、ただの記号に堕してしまうからだ。最低限、実際のイメージを壊さない必要はあるが、それに加えて、その書き手ならではの味付けをしないと、小説の登場人物としては成立しないわけである。戦争シミュレーションを書くときに、私が最も気を配ったのがその点である。これは、ただ単に、架空の人物を創造するのではなく、実在のイメージを踏まえた上で、人間としての色付けをするということであるから、人物造形、人物描写の極めて重要な修行になった。私の、人間を見つめる目は、このときに養われている。
 ストーリー作りに関しても、多忙であったことが効果的に働いた。作品を量産していたから、一つ間違うと同工異曲の作品を連発してしまうことにもなりかねない。それは、プロの現場からの退場を意味するから、私は常に、斬新なストーリー、新しい物語を創造することばかり考えていた。次から次に〆切りが迫ってくる状況だから、いつでもずっとストーリーを考えているような状態である。これは確かに、苦しいことではあるが、修行としては極めて効果的であったろう。
 最後に、文章の味わいについてである。映画を例に引くと判りやすいのだが、いくら素晴らしいストーリーであっても、また、俳優がどれだけ素晴らしい演技をしても、映画としての<画>が魅力的でなければ、映画は成功したとはいえない。それと同じで、小説が文章で書かれるものである以上、文章の味わいが要求されるのは当然のことである。不思議なもので、文章は書けば書くほど上達する。当時の私が幸運であったのは、次々に〆切りが控えている状況下にあって、必要に迫られて文章を多く書いていたということだろう。文筆修行中、あるいはデビューしてすぐの頃は、一つ間違うと、あの版元はどうだとか、どの編集者がどうしただとか、業界話のほうが面白くなってしまうことがある。インターネットが発達した現在では、更にその傾向が強いようだ。幸運なことに、私には、そういうことにうつつを抜かす暇がなかった。その意味も含めて、世に出てすぐの多忙な時期が、私にとっては、これ以上はない、絶好の修行の日々だったのである。多忙こそが、私の最大の師だったといえようか。

スポンサーサイト
[ 2009/05/14 23:15 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
トラックバック
この記事のトラックバックURL

来訪者数
松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

メールフォーム
松井計への仕事のご注文は、松井計事務所にご連絡ください。下のアイコンをクリックすると、メールフォームが開きます。


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。