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アーカイブ原稿⑫『ルポ・渋谷に集う「家出少女」危ない夏休み』

『ルポ・渋谷に集う「家出少女」危ない夏休み』
■初出……「週刊文春」2006年9月7日号

 八月の、ある週末の渋谷センター街、午前三時――。
「そろそろ、泊まるところ探そうかな」
 A子はそういうと、自分の携帯電話のアドレス帳をスクロールし始めた。彼女は、まるで海辺にでもいるかのような露出度の高い服装だ。タンクトップからは、胸の谷間がこぼれているし、スカートも下着が見えかねない短さだ。
 全体によく陽に焼けているが、濃い色のファウンデーションを使っているからか、特に顔が陽焼して見える。その上、目の周りに白いアイシャドウを厚く塗っているので、一見して異様な風貌だ。彼女は、自分では18歳だといったが、私にはもう少し若い世代に見えた。
 この時刻になると、センター街には、午前〇時頃までは多く見られた酔客の姿もない。が、A子と同様の年恰好の若者たちは、まだまだ多く屯している。直接、路上に腰を降ろして、仲間との話に興じている者、持参したカセットテープレコーダーの音楽に合わせて踊っている者……。彼女らは、永遠に終わらない夏の、深夜の宴を楽しんでいるかのようだ。

 渋谷が若者の街といわれて久しい。若者たちにとっての渋谷は、まさに聖地といっていいだろう。様々な流行がここから発信され、渋谷は時代の先端を疾走する街だ。チーマー、コギャル、マンバ等、若者風俗も、その多くが渋谷を発信源としている。
 大手芸能プロダクションの吉本興業などはそこに目をつけ、センター街の小劇場で、毎晩、無料のライブを行っている。むろん、若者たちの反応を見、好みを探るためで、渋谷で受けるものは、全国に広がる、と判断してのことだろう。ほかにも、渋谷にアンテナショップを持つ企業は多い。
 が、他方、そうであるからこそ、青少年が関係する事件も多く発生している。父親の世代にとっても、渋谷は常に気になる街といっていいかもしれない。
 そんな渋谷の街に、最近、増えているといわれるのが、特にどこかの店にいくなどの目的があるわけでもなく、ただただ、街で屯している若者の存在である。私は、彼ら、彼女らが何を考え、何を求めて渋谷にやってくるのか、それを知りたいと思った。
 A子はそんな中のひとりである。自称18歳のフリーターで、実家は埼玉県にあるという。フリーターとはいうものの、決まったアルバイトをしているわけではないというから、プータローといったほうが実相に近いのかもしれない。
 彼女は8月に入ってから一度も実家には帰らず、毎晩渋谷にきているといった。が、何か目的があるわけではなく、渋谷にいること自体が楽しいのだそうだ。
 最初にA子を見つけたのは、午後8時過ぎのことで、彼女はひとりでセンター街を歩いていた。時折、似たような風貌の女の子に親しげに話し掛けたりしていたが、いつもこの街で会う知り合いで、特に友人というわけでもないとのことだった。
 私は、彼女に少し話を聞いたあと、しばらくほかの場所の取材をした。そして深夜にセンター街に戻ってきたとき、彼女は冒頭のようにいったのである。
「泊まるところ決めてないの?」
 聞くと、いつもそうだという。毎晩、そろそろ眠りたいと思うと、泊めてくれる相手を探すのだそうだ。どういったところに泊めてもらうのかを聞くと、曖昧に言葉を濁す。渋谷周辺にそう多く友人が住んでいるとは思えず、電車もない時間だから、タクシーを使っての移動には金がかかる。
「ひょっとして、援助交際してホテルに泊まるとかなの?」
 私は聞いてみた。
「最初は女友達に頼むよ。だめだったら、エンコーすることもある。でも、お金をもらわないときもあるよ。エッチつきで泊めてくれる友達もいるし」
 あっけらかんとそういいながら、彼女は、アドレス帳の中のめぼしい相手に何通かメールを送っている。
 実は私は、今回の取材に、30代の女性を同伴していた。未成年の少女たちに話を聞くとあって、中年の男ひとりで取材したのでは、おかしなトラブルに発展してもいけないと思ったからだ。
「泊めてもらうためだけに、知らない人とエッチして、厭じゃないの?」
 同行者が、A子にそう聞いたが、彼女は不思議そうな顔をしているだけだった。このような反応は、今回の取材で、多くの少女たちに共通していた。性に対しての禁忌のハードルが、恐ろしく低いのだ。
 自称19歳のフリーターB子は複数の男性との乱交の経験があるといったし、17歳の私立高校生C子は今、クラミジアに感染していると笑いながらいった。付き合っている彼氏がいるから、援助交際はしたくないというD子(18=自称・フリーター)も、
「普段はエンコーは絶対しないけど、携帯代が払えなくなったときにはする」
 といった。
 彼女らにとって、携帯電話は、単なる通信ツール以上の意味を持っている。「携帯がないと生きていけない」(A子)、「お金がなくても平気だけど、携帯代が払えなくなると焦る」(B子)、「携帯がない時代があったなんて信じられない。みんなどうやって生活してたんだろう」(C子)などと口を揃えるし、携帯電話を維持するためには、かなりの裏技も駆使しているようだ。
 B子は、料金滞納で通話やメールができなくなっても困らないように、二台の携帯を持っている。片方の携帯が止まっている間は、もう一方を使うのだ。しかし、この方法だと、基本料金は二台分払わないといけないから、結局はより金がかかることになると思うのだが……。
 奔放な性生活を送っているかに見える彼女らも、性知識となると極めて貧困だ。D子は、避妊具を使ってセックスすることはほとんどないという。避妊法としては排卵日にだけ膣外射精を用いるのだそうだ。しかしそれも、
「生理が終わってから1週間目から三日くらい外出しすればいいわけでしょ?」
 という程度の、お粗末な知識でしかない。C子も、クラミジアに感染していることを知りながら、交際中の相手と、避妊具なしでのセックスを続けている。それらを聞くたびに私は、世代間の格差というだけではすまない何かを感じることになった。
 大人の目から見れば、彼女らの行為は、非行である。平成16年の7月に起こった少女監禁事件のように、彼女らの甘さに付け込んだ犯罪も多く発生している。その辺りの対策はどうなっているのだろうか。
 実は、警察や行政もその点を深刻に受け止め、様々な対応を採ってはいる。前述の少女監禁事件のときには、渋谷に屯している未成年者の一斉補導を行い、実に大量1600人もが補導されている。
 平成17年3月の都議会第1回定例会一般質問で、民主党の大津浩子都議は、警視総監に対し、センター街を中心とした渋谷の治安の状況について質問している。
 警視総監の答弁によると、平成16年の3月から、センター街等で街頭防犯カメラの運用を開始するとともに、同年に改正された青少年健全育成条例に基づいて、若者が集まるクラブやカラオケボックス、漫画喫茶などに頻繁な立入りを行うなどの治安対策をとったという。これに加えて、若者に薬物などを密売する不良外国人などの取り締まりも集中的に行った。
 その結果、平成16年度の4月から12月までの期間は、前年度の同期間と比べて、路上犯罪は2割減少した。また、平成17年度一年間の渋谷における非行少年の検挙、補導は1400人。覚醒剤、大麻事犯等で検挙された不良外国人は240人。こういった取り組みにより、深夜徘徊したり、クラブ等に出入りしたりする少年少女は激減していると警視総監は答弁している。
 が、深夜まで屯する少年少女が今もまだ散見されることは、警視総監も正直に認めており、薬物の売買についても、携帯電話を利用するなど手口が巧妙化して、顕在化しにくくなっていることに警鐘を鳴らしてもいる。
 そのような経緯もあって、渋谷では現在、警察と渋谷区がまとめ役を買って出る形で、地元の商店主などがセンター街をパトロールするSCGP(渋谷センター街パトロール)と呼ばれる治安対策も行っている。
 しかし、そのような警察や行政の動きと、若者の意識の間には、まだまだ大きな隔たりがあるように思える。A子たちにしても、自分が非行をしているなどという意識は、全くどこにもなく、自分が事件に巻き込まれる可能性も、一切、考慮していないからだ。
「うちら、ぜんぜん悪いことしてないじゃん。いけないことかもしれないけど、悪いことはしてない」(A子)、「人に迷惑かけてないし。ぜんぜん問題ない」(B子)、「みんなやってることじゃん。何がおかしいの?」(C子)。この程度の認識なのである。
 では、身の危険を感じた体験はないのだろうか? D子は、若い男性数人に、部屋へ連れ込まれそうになった経験があるという。しかし、「怖くなかったよ。最悪のときはエッチさせればいいだけだから」と彼女はあっけらかんとしたものである。私は、彼女らの日々の生活に、危ういものを感じずにはいられなかった。
 実は、今回の取材で、私はひとつ、あることに気付いた。渋谷にくる若者たちの二極分化である。センター街は、午後7時を過ぎる辺りから、街の顔が変わってくる。それまでは、普通の若者や親子連れが目立っていたのに、徐々に、A子のようなタイプの若者が増えてくる。
 やがて深夜になると、センター街はA子タイプが中心となる。普通の若者は、商店街で金も落としていくから、街に求められ、愛されてもいる。しかし、A子たちは、必ずしもそうとはいえないのだ。あるカラオケボックスの若い店員はいう。
「あいつらをできるだけ店に入れないようにしています。中で暴れたり、エッチしたりムチャクチャなんですよ。前に、壁に穴を開けられたこともあります」
 ここに、渋谷にいることそれ自体に価値を見出している彼女らが、当の渋谷の街からは異物と見なされ、愛されていない構図が見えてくる。
 さて、A子である。何通もメールを打ったものの、結局、色よい返事はこなかったようだ。彼女は、
「しょうがないから、出会いサイトで新しい人を探すかな」
 といった。私に止めろという資格はない。単なる取材者である私は、彼女に今夜の宿を与えてやることはできないからだ。
「もうすぐ始発が走るから、家に帰ったら」
 私はA子にいった。
「やだ」
「どうして? 親も心配してるだろう」
「してないでしょ。うちら、みんな勝手にやってるからそれでいいじゃん」
 突き放すようにいって、彼女は立ち上がった。そのまま、私たちから離れていく。それまで、好意的に話してくれていた彼女が、初めて私に見せた拒否的な態度だった。どうやら、私が親のことを持ち出したのが拙かったようだ。
 似たような反応をした少女に、17才のE子がいる。E子は東北地方の出身で、高校中退後、首都圏に出てきた。神奈川県に住み、しばらくは専門学校へ通っていたが、やがてそれも辞め、今はアルバイトをしながら、ダンサーになる夢を持っている。
 渋谷にくるのは、同じ夢を持った子達と一緒に踊りたいからだそうだ。彼女も好意的に私に話を聞かせてくれていたのだが、何気なく私が、
「時々は親元に連絡してるの?」
 と聞いたとたん、不機嫌になった。
「携帯番号知ってるんだから、何か用があったら、電話してくるでしょっ」
 と、彼女は吐き捨てた。その声にはまだ、東北の訛りが残っていた。
 では、親の世代の大人は、A子のような若者をどう見ているのだろう。私は、渋谷で少女を買春したことがあるという男性から話を聞くことができた。
 40代後半の自営業者F氏である。彼が、援助交際を始めるようになったのは、10年程前からだという。彼は今でも、少なくとも月に一度、多いときは月三回ほど買春をするらしい。
「最初はテレクラで、今は携帯の出会いサイトが中心ですね。相手を探すのは簡単ですよ。いっぱいいますから。今は相場もだいぶ下がって安くなってます。2万も出せば、10代の子が抱けますよ」
 携帯の出会いサイトに、援助交際してくれる子を求める書き込みをするとともに、援助交際相手を探す書き込みをしている子に、手当たり次第、メッセージを送るのだそうだ。いい相手が見つかっても、直接、自分のメールアドレスを教えることはせず、出会いサイト内で待ち合わせ場所を決める。
 F氏は、地方から出てきている子が多いから、待ち合わせ場所は誰でも知っているハチ公前かモヤイ像前にすることが多いといった。
 18歳未満の女性を買春するのは犯罪である。罪の意識はないのだろうか。
「ないですね。出会いサイトだと、こちらのアドレスを知らす必要もないし、バレることは絶対ないですよ。第一、あんな身体してたら、誰でもしたくなるでしょう」
 F氏は、事件化しないように、慎重な手も打っているという。まず、出会いサイトに書き込むときは、援助交際などという言葉は一切使わず、金額も書き込まない。
「そんなことを書かなくても、援助交際を求めている子には、文面を見れば判るんです。もうひとつ気をつけているのは、どんなに気に入った子がいても、関係は一度にすること。また会いたいからといって連絡先を教えたりはしません。おしいな、と思うこともあるけど、可愛い子はいっぱいいるからね」
 彼にもまた、罪の意識はないようだ。
 ある50代の教育関係者はいう。
「結局、居場所がない子が増えているんですよ。家庭にいても、自分の居場所がない。学校にも居場所がない。それで中退すると、フリーターくらいしか選ぶ職がないから、職場にも居場所がない。若者の街である渋谷にくると、仲間もいるし、居場所があるかもしれないと思う。でも、そこでは援助交際など、商品として扱われているとしたら、哀しいことですね」
 そういえば、今回、私が話を聞けた女の子たちは、高校生だというひとりを除いて、あとは全員、自分はフリーターだといった。
 取材を終えて明け方になると、区のシルバー事業なのだろう、黄色い制服を着た老人が何人か、センター街の清掃を始めていた。
「朝と夕方の一回ずつ、掃除をするんですが、朝はね、吸殻や空き缶のゴミがすごいですよ。今の若い人たちは平気で捨てていくからね。どこでやったのか、使用済みの避妊具が捨ててあることもあるからねえ」
 老人は苦笑しながらいった。明け方のセンター街は、深夜の賑わいがまるでウソのように、静まり返っていた。大量のゴミと共に……。
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[ 2009/05/07 15:47 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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