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東京長距離散歩①「エキゾティック東京」

[韓流タレントショップ]

 京王線の上北沢にある私の事務所から、ほぼ一時間、甲州街道をまっすぐに歩くと新宿に着く。そろそろ、心地のいい疲れを感じ、どこかで小休止を取りたくなる頃だ。私は、新大久保辺まで足を延ばし、適当な店を選んで入ることにした。

 大ガードをくぐり、西武新宿駅前の通りを歩いて、職安通りに出る。普段歩いているときにはほとんど気付かないが、小一時間歩いた後だと、この辺りの道に少し勾配があるのに気付く。足への負担が、やや大きく感じられるのだ。私は、大江戸線東新宿駅の方向に向かって、ゆっくりと通りを歩いた。

 もう午後一時を過ぎているが、朝一〇時ごろ、事務所近くのコーヒーショップで軽く朝食を摂った後は何も食べていない。通り沿いに軒を連ねる焼肉店から流れてくる香ばしい匂いが食欲を刺激している。

 政治や経済の分野では、グローバルスタンダードが叫ばれ、私たちは毎日、テレビや新聞で世界中のニュースに触れるけれども、日常の生活の中で、国際化や世界の情勢を実感することは少ない。

 が、この辺りにくると、この国に住んでいるのが我々日本人だけではないことが実感されてくる。進行方向左手には、ハングルの看板を掲げた店ばかりが並んでいるのだ。庶民レベルでの国際交流は、思いのほか進んでいるということか。

 久しぶりにこの辺を歩いてみて、私は街の小さな変化に気付いた。少し前――といっても、もう二、三年は前になるだろうか――には、通りに並んでいる店は、焼肉店を中心とした飲食店が多かった。ところが今回は、それ以外の、より生活に密着した店を多く目にしたのである。

 韓流スターのグッズを扱うタレントショップや来日韓国人アーティストの公演チケットを扱う店などだ。私は、その中の一軒に入ってみた。昼中とあって、客は少ない。中年の女性の二人組と、ほかには若い人が一人二人いるだけである。レジにはエプロンを着けた、韓国人とおぼしい若い女性が二人立っている。

 タレントの顔写真をプリントしたTシャツや、団扇などの小物、生写真など、ふつうのタレントショップにおいてある商品と何ら変わらない。ところが、そこにある顔だけが違う。

 私はあまり韓流スターに精しくないから、商品にハングルと日本語の両方で付されている名前を見ても、それがどんなタレントなのか、今ひとつよく判らない。おそらく、本国ではかなり人気のあるタレントなのだろう。

 商品を見ていると、件の中年女性二人組の話す声が聞こえてきた。彼女らは日本語で話していたのだが、イントネーションが違うから、私は一瞬、韓国の人なのかな、と思った。が、聞くとはなしに、話を聞いていると、どうやら違うようだ。

「やっぱりこの辺は違うわね。欲しいものばかりよ」
 一人がそんなことをいい、もう一人が大きく肯いている。

 イントネーションの違いは、どうやら、東北か北関東の訛りによるもので、彼女たちは、わざわざ韓流スターのグッズを買うために、東京へ出てきたらしい。地方から出てきた若い女の子が、タレントグッズ欲しさにまず、原宿へ行く、といったような話を聞いたことがあるけれども、まさにそれと似た心情なのだろう。

 が、そこはさすがに中年女性で、原宿詣での若い女の子たちとは経済的な余裕が違うのか、二人組は手当たり次第といった恰好で、グッズをかごに入れている。一つ選ぶたびに、二人で楽しそうに大声で笑っている。ほほえましいといえばほほえましい光景である。

 折角、普段は入ることのない店に寄ったのだ。私も何か一つ、買って帰ろうかと思った。さりとて、あまり欲しいものもなし……と思っていると、黒目勝ちの大きな瞳と長い髪が印象的な女性タレントの写真がついた団扇が目に入った。

 見ると、チョ・ウンスクと書いてある。知らない人だが、女優さんだろうか。この団扇を持って、リトルコリアともいうべき新大久保の街を散策するのもまた一興、と思ったけれど、やはり、止めることにした。途中で邪魔になってしまうのは間違いないからだ。

 二人組の買い物はまだまだ終わりそうにない。私は彼女らの笑い声を背に、店を出た。

[エキゾティック観光タウン]

 職安通りを歩いていると、つい、ここが日本であることを忘れそうになる。そこかしこの看板は、ほとんどがハングルだし、物珍しい韓国の風物も多い。が、進行方向の右手を見ると、そこはまさに日本そのものだ。消費者金融の派手な看板が各フロアに並んだ、雑居ビルの群れ。それは極めて今日的な、日本の風景である。

 いってみれば、職安通りの左側は、日本の中の観光地として機能するリトルコリアなのだろう。むろん、それは、散歩者の私にとってである。そこには、ニューカマーのコリアンたちが多く住むはずで、彼らにとっては、少しでも故郷の匂いを移植した町、ということになるのだろうから。

 唐突に、ハングルの大きな音声で歌う声が聞こえてきた。街頭に設置された大型のオーロラビジョンが、韓国のテレビ番組を流していたのだ。私はしばし、それに見入った。4人組の韓国のアイドルグループだった。

 オーロラビジョンをよく見ると、夜の一〇時からは、韓国KBSテレビの夜のニュースを生で流しているらしい。私は、異国の街中にぼんやりと立ち、巨大なオーロラビジョンで日本のニュースショーを眺めている自分自身を想像してみた。それはそれで、物悲しい姿である。

 さて、食事である。腹が減った。ドンキホーテの辺りまでくると、オープンカフェ式のファーストフードショップが多くなってくる。観光気分に浸ったままチヂミなどを食べ歩きするのもよさそうだが、多少疲れが出ているから、できれば座って食べたい。

 と、「チキンタウン」という店が目に止まった。ここもまた、オープンカフェ式になっており、韓国風のファストフードを食べさせる店のようだ。赤や黄色を多用した派手な店の作りは、一時期、青山通り辺によくあったクレープショップを思い起こさせる。若い人向けの向けの店なのだろう。

 私はここで「キムチチャハン」を食した。キムチソースで味付けをしたチャーハンだが、音を延ばさずに<チャハン>としてあるところが印象的だ。これは韓国式の発音をそのままカタカナに置き換えたものなのだろうか。

 昼食の時間を過ぎているからか、客は私一人で、しかも、ファーストフードショップだから、長居するわけにも行かない。急いでキムチチャハンを食べ終え、私は店を出た。と、急に、口の中が辛くなってきた。やはり、かなり唐辛子が利いているようだ

[混沌の街]

 食事を終えた私は、ドンキホーテの角から細い道に入り、大久保通りへ出ることにした。ドンキホーテの近くは、オープンカフェ式のファーストフードショップや、韓流タレントショップなどが並び、若い人向けの華やかな街を感じさせるが、一歩、脇道に入ると、街はまた、違った顔を見せるようになる。

 焼肉店などの韓国系の店が多いことに変わりはないが、韓国系クラブなど、夜のイメージが強くなってくるのだ。

 この辺りには元々、日本人の暮らしがあり、その後に、ニューカマーコリアンの文化が重なって、今のリトルコリア的な街を形成しているわけだが、韓国そのものとでもいいたくなるような表通りとは違って、脇道には古くからの日本文化も多く残っており、それらと韓国風文化との融合が、<混沌>というものを感じさせる。

 ハングルの看板を出している焼肉店と、韓国食材の店の間に、昔ながらの日本のクリーニング店がある。看板に書いてある電話番号は、まだ市内局番が三桁のままになっているから、かなり長く看板を変えていないのだろう。

 私は、そんな<雑多>と表現するほかない脇道を、まっすぐに大久保通りに抜けるのではなく、気の向くまま角々を曲がりながら歩いてみた。

 日中だというのに、ほとんど人の気配がない。夜になると、街角に立つ女たちが現われたりして賑やかになるのだろうが、今は、ひっそり閑と静まり返っている。都心に近い場所に、これほど静かな住宅街があるのも、それはそれで不思議に思えてくる。

 と、私の背中のほうから、男の声が聞こえてきた。
「お前、お笑い芸人の××って知ってるか?」
 彼は、毒舌で有名な女性タレントの名前を口にした。振り返ってみると、二〇代の後半か、三〇代の初めに見える男性が、若い女性と一緒に歩いていた。髪を明るい茶に染め、濃いサングラスをかけた女性で、タンクトップに短いスカートを合わせている。 
「知ってる」
 女性が応じる。たどたどしい日本語で、どうやら韓国人女性のようだ。
「あいつ、お前の店のママによく似てるよな」
 男がいった。女性は、何度か聞き返していたが、やっと意味するところを理解したのか、声を潜めた含み笑いを漏らした。

 おそらくはきっと、韓国クラブに勤める女性と客の男の店外デートといった辺りなのだろう。こういう光景に出くわすのも、リトルコリアならではか。

 私は先ほど、<混沌>と記した。それは、韓国文化と古くからの日本文化の混沌を意識してのものだったが、この辺りにはまた別の混沌もある。

 専門学校がいくつもあり、若い学生の姿も多い場所に、古くからの日本式連れ込み旅館やラブホテルが並んでいる。学校の側にラブホテル――この違和感を、混沌と呼ばずしてなんと呼ぶべきだろう。

 元来、都市とは、種種雑多なものをすべて許容し、飲み込むものである。そしてそれらが、互いに絡み合いながら街を形成していく。この街は、象徴的にそれを表現しているように思えた。

[打ち捨てられた街]

 大久保通りに向かって裏町を歩いていると、福祉施設が多いことにも気付く。行き場を失った女性を保護するキリスト教系の施設や、社会福祉法人が運営するDV被害女性のシェルターなどだ。ほかには、刑務所から出たばかりで、まだ住居や仕事を見つけられないでいる人たちのための施設もある。

 それらは、行政が運営するものであったり、社会福祉法人が行政から幾ばくかの援助を受けて運営したりしているものだから、あまり潤沢な資金があるわけではないのだろう。ほとんどの建物が、<人が住める>ということだけを重視しているかのような簡素なつくりだ。 

 この無味乾燥な建物の向こう側には、いったい、どんな人生の物語があるのか。私はつい、そんなことを考えてしまった。

 無礼に亘ってもいけないけれども、この辺りの街並みには、どこか、どんよりと沈んだものが感じられる。むろん、それはそれで、ある種の人生の重みとか深みを感じさせて、魅力的なものではある。

 しかし、そういったものを忌避する心境もまた、人間は持ち合わせているに違いない。だからか、この辺りを歩いていると、都心に近い場所であるにもかかわらず、どこか打ち捨てられた街のイメージがある。

 であれば、そういう場所にニューカマーのコリアンが集い、自分たちの文化を移植して、また、街の賑わいを取り戻したということは、なんとも痛快なことではないか。

 そんなことを考えながら歩いているうち、大久保通りに出た。上北沢を出てから、もう三時間近く歩いている。私は、近くの喫茶店に入って休憩するとともに、これからどうするか考えようと思った。

 と、煙草が切れていることに気付いた。大久保通り沿いのコンビニに入る。レジには、ネームプレートに「おう」とひらがなで書いた若い女の子がいた。「おう」さん。「王」さんだろうか。そうすると、中国系に違いない。新大久保は、韓国人ニューカマーだけではなく、その他の国の人も多い証だ。

 JR新大久保駅前の喫茶店に入っても、ハングルや中国語が飛び交っている。庶民レベルでの国際化を体現した街、それが今の新大久保なのに違いない。

 私は腰につけていたディジタル式の万歩計を外した。午前中に上北沢を出発して、ここまで二万六千五〇七歩。さて、これからどうしよう。この街とはまた違った形で、庶民レベルでの国際化が進んだ街を見てみたい、私はそう思った。
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[ 2011/11/21 16:03 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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