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ガラが悪い

 先日、テレビで国会中継を見ていて、久方ぶりに大笑いしてしまった。国会を見て、呆れたり腹が立ったりするのはいつものことだが、こんなに笑ったのは本当に久しぶりだ。既にニュースや新聞でもさかんに取り上げられているけれども、与謝野馨の代表質問である。

 なんたるガラの悪さ! 『おっかさん』『ヤクザ映画』なんぞという単語もそうだけれど、物腰、喋り方、どれをとっても極めてガラが悪い。しかも、妖しげな雑誌まで手にしている念の入れようだ。

 与謝野馨といえば、さすがに文人の家系らしく、自民党議員には珍しく品があり、かつイヤミのない人である。そういう人物が、唐突にあのガラの悪い姿を見せてくれたのだから、これはもう意表を突かれて大笑いするしかなかった。

 しかし、それにしても自民党のセンスはいったいどうなっているのか。与謝野さんみたいな人に、あんな役割をやらせてはマズいだろう。その程度のことさえ、もう分からなくなっているのだろうか。あの世で鉄幹・晶子夫妻が泣いているぞ。自民党執行部の良識を疑う。

 与謝野は記者からの質問に対し、
『野党だから』
 と応えていたが、政権を失ってからの自民党のガラの悪さは目に余る。少し前にも町村信孝が国会で亀井静香に向かって、
『おい亀井、お前、何を言ってんだ?』
 と怒鳴っている姿を見た。60を過ぎた大の大人が、仮にも大臣を捕まえて『おい亀井』『お前』はないだろう。まあ、言われた亀井のほうもガラの悪さでは政界で1、2を争う人物ではあろうが。

 私は基本的には、ガラの悪い人を見るのは嫌いではない。むしろ、面白がるほうである。しかし、そうではあっても、国会があまりにもガラが悪くなってしまうと、それは政治の劣化に繋がるのは間違いない。私はそれを恐れる。ま、もう少し上品にやって下さいな。

 ガラが悪いといえば、旬の話題はスノーボードの国母ということになるが、私は何故、国母のあの服装が大騒ぎになるのか理解できない。スケートボードやスノーボードというのは、元々がストリート系のスポーツで、プレイヤーがああいう格好をするのは当たり前だろう。むしろ、国母はスノーボード選手らしい格好をしていたと言える。それがダメだと言うのなら、そもそもスノーボードをオリンピック種目にしたIOCが悪いのである。ヒップホップダンサーにネクタイをしめた背広姿を求めるようなもんだ。そんなもの、最初から整合しないのが分かりきっていると思うのだが……。
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[ 2010/02/14 14:58 ] 日常生活 | TB(0) | CM(-)

残念だ

 横綱朝青龍が、一連の騒動の責任を取る形で引退した。残念で残念で仕方がない。朝青龍は突出した名力士だった。もう少し彼の相撲を見たかった。むろんそれは暴行事件を是認するという意味ではない。そこは誤解なきよう願いたい。

 実は、私はしばらく相撲を見ない時期があった。当時の横綱貴乃花が休場を繰り返している頃からだ。何だか相撲がつまらなくなり、NHKの相撲中継も見なくなった。何故、当時の私が相撲から遠ざかったかというと、俗にいう若貴時代は、大鵬、柏戸の柏鵬時代(私の子供の頃である)の縮小再生産にしか感じられなかったのだ。世間の熱狂と裏腹、何とも物足りなかった。

 私が最も相撲に熱中できたのは、千代の富士と隆の里が関脇で、大関昇進を争っている時代。2人とも後に横綱になるが、あの頃は面白かった。まずは2人のライバル関係があったし、何より千代の富士の相撲は革新的だった。あのスピード、あのパワー! 今でも懐かしい。そういう時代を経て、相撲界は若貴時代を迎えるわけだが、千代の富士の頃と比べると若貴の相撲は、時代を後退させたもののように私には感じられた。そして何時の間にか相撲を見なくなった。

 ところが数年前、今、小学校2年生の倅が相撲好きになり、私に、
『一緒にテレビで相撲を見ようよ』
 とよく言うようになった。そこで彼と共にテレビで朝青龍を見て、私は後悔した。こんな奴がいるのなら、もっと早く見ておけばよかったと。そこには、小柄でスピードがあるのにパワーもあり、加えて技のテクニックまである力士がいた。倅も朝青龍のファンで、以来、親子でよく相撲の話をするようになった。が、その朝青龍ももう29歳。現役生活の終わりが近いことも明らかだった。そこで私は倅に、
『朝青龍もそろそろだから、今のうちによく見ておいたほうがいい』
 と話すとともに、今年のうちに倅を国技館に連れて行こうと考えていた。それがタイムリミットだと思った。倅にとっては、自分のヒーローの幕引きを目撃する初めての機会だ。男の人生において、それは重要な経験になると思った。ところが今回の騒動で、それも叶わぬことになった。倅にとって――つまりは朝青龍のファンにとって不幸なことである。こんな唐突な幕引きは、あまりにも哀しく寂しい。

 しかし引退会見くらいは横綱が自分の意志を正確に話せるように、モンゴル語の通訳をつけてはどうか。そうしなかった相撲協会は無礼者と言われても仕方がない。寂しい話だ。
[ 2010/02/04 20:00 ] スポーツ | TB(0) | CM(-)

小沢は不起訴か……

 テレビの報道によると、東京地検は小沢一郎民主党幹事長の不起訴を決めたようである。

 法律用語に〈疑わしきは罰せず〉という言葉がある。本来、これは裁判に対して使われる言葉である。しかし日本の刑事訴訟ではほとんど有罪判決が出る。そうなると、日本ではこの〈疑わしきは罰せず〉の原則が機能していないのではないか、との疑義も出てくるわけだが、実はそうではない。

 日本の場合、起訴権は検察にしか与えられていない。我々はこれを普通のことだと考えているが、世界的に見れば、こういうシステムのほうが特殊なのだ。さて〈疑わしきは罰せず〉の原則についてである。日本の場合、上記のような事情もあり、検察が公判が維持できる(確実に有罪判決が得られる)と判断したケースしか起訴しない。つまり日本においては〈疑わしきは罰せず〉の原則は裁判所レベルで担保されているのではなく、その前段階である〈起訴〉の段階で担保されている、ということになりそうである。これは、司法システムとしては極めていびつなことである。同じような法的原則に〈推定無罪〉の原則があるが、日本ではこれが顧みられることはほとんどない。これも〈確実に有罪にできる〉と検察が判断したケースしか起訴されないことが、その大きな原因と考えてよかろう。

 と考えていくと、今回の小沢の不起訴は、公判が維持できる保証がないから起訴されなかった、と考えなければならない。つまりは〈証拠不充分〉である。検察レベルでの〈疑わしきは罰せず〉の原則だ。これが困るのは、公判が行われないから、我々国民が真相を知る機会が失われる、という点である。結局、今回の小沢の問題も、闇の世界で起こり、また闇の中に溶解していくことになる。これでは、今までの政治と金の問題の終結の仕方と何ら変わらない。せっかく政権交代したのに、それでよいのだろうか?

 検察が不起訴にしたということは、小沢の今回の問題がすべて終わったということではない。むしろ逆で、検察から民主党にボールが投げ返されたのである。これで検察VS新政権という構図は消えた。であるならば、これからは民主党が〈新たな理念〉に基づいて政権を担当していくためにも、今回の小沢の問題を〈民主党の自分自身の問題〉と捉えて、自発的に精査し総括すべきだ。でなければ、いつまでも政治は変わらないし、我々国民も、遠くない将来、せっかく政権交代した新政権にも絶望することになるだろう。それは〈国家の不幸〉である。
[ 2010/02/03 22:38 ] 政治 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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