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今月読んだ本

 早いもので、今日で5月も終わりである。そこで、今日は備忘録的に、今月読んだ本をすべて記してみたい。モノカキが、読んだ本を公表するというのは、その冊数も含めて、実は危険なことである。その程度の冊数しか読んでいないのか、そんな本ばかり読んでいるのか……という感覚を持つ人も多いと思え、それは、文筆を業とするものとしては、マイナスがありこそすれ、決してプラスはありえないからである。

 ま、しかし、そんなことを気にかけていても仕方がない。では、以下に私が今月読んだ本を記すことにする。

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[ 2009/05/31 03:54 ] 日常生活 | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑭『「児童相談所」なぜ虐待親から子どもを救えないのか』

『「児童相談所」なぜ虐待親から子どもを救えないのか』
■初出……「週刊文春」2004年9月30日号


※註 本稿発表後、法改正が行われ、現在では、児童相談所の立入り調査権については、本原稿内に記されているより強化されています。

「我々だけが、どんなに一生懸命になっても、それだけではどうしようもないんです。やはり、子供がきちんと育つためには、親のほうがしっかりしてくれませんとね」
 東京都内のある児童相談所。四十代半ばの児童福祉司が、決して自分たちの責任を回避するつもりはないが、と前置きしてそういった。虐待問題や非行相談で、問題を抱えている子供と接していると、最近、特にそう感じることが多いのだという。子供の問題は、そのままその親の問題なのだと、この児童福祉司はいった。
[ 2009/05/18 21:58 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑬『私の修行時代』

『私の修行時代』
■初出……アップルシードエージェンシーメールマガジン「出版プロジェクト・物語小説編」2008年7月14日配信号、7月28日配信号

 私には、デビュー前に特筆すべき修行時代がない。同人雑誌に参加して文筆修行に明け暮れた日々があるわけでもなく、デビューを夢見て、文芸雑誌の新人賞に繰り返し応募した経験があるわけでもない。気がついてみたら小説を刊行していた、というのが正直なところだ。だから、私はずっと、新聞・雑誌のインタビューや、テレビ出演した折などに、
「私は、作家としての育ちが悪いのだ」
 と公言してきた。何も、韜晦するつもりでそういうことを口にしたのではない。それが私の正直な実感であり、感慨なのである。

[ 2009/05/14 23:15 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑫『ルポ・渋谷に集う「家出少女」危ない夏休み』

『ルポ・渋谷に集う「家出少女」危ない夏休み』
■初出……「週刊文春」2006年9月7日号

 八月の、ある週末の渋谷センター街、午前三時――。
「そろそろ、泊まるところ探そうかな」
 A子はそういうと、自分の携帯電話のアドレス帳をスクロールし始めた。彼女は、まるで海辺にでもいるかのような露出度の高い服装だ。タンクトップからは、胸の谷間がこぼれているし、スカートも下着が見えかねない短さだ。
 全体によく陽に焼けているが、濃い色のファウンデーションを使っているからか、特に顔が陽焼して見える。その上、目の周りに白いアイシャドウを厚く塗っているので、一見して異様な風貌だ。彼女は、自分では18歳だといったが、私にはもう少し若い世代に見えた。
 この時刻になると、センター街には、午前〇時頃までは多く見られた酔客の姿もない。が、A子と同様の年恰好の若者たちは、まだまだ多く屯している。直接、路上に腰を降ろして、仲間との話に興じている者、持参したカセットテープレコーダーの音楽に合わせて踊っている者……。彼女らは、永遠に終わらない夏の、深夜の宴を楽しんでいるかのようだ。
[ 2009/05/07 15:47 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑪『「老人の街」多摩ニュータウンは「未来の縮図」だ』

『「老人の街」多摩ニュータウンは「未来の縮図」だ』
■初出……「週刊文春」2007年2月8日号

「昔と比べると、ずいぶん活気がなくなりましたよ」
 多摩センターの駅前で話を聞いたAさん(五八)が言った。Aさんは、昭和五〇年代の後半、三〇代のときに、多摩ニュータウンの都営住宅に入居し、今も同じ場所に住んでいる。
「子供が減って、年寄りが多くなりましたからね。うちも妻と二人暮しです。二人いる息子は、それぞれ独立して多摩ニュータウンを離れています」
 東京都多摩市落合――多摩市と八王子市の境近くに、「京王多摩センター駅」と「小田急多摩センター駅」が軒を並べている。
 ここが多摩ニュータウンの中心地だ。駅の近くには、近代的意匠を凝らした大手出版社の高層ビルや、室内型のアミューズメント施設があり、洒落た店も並んでいる。が、その割に人通りが少ない。多摩モノレールの「多摩センター駅」のほうに移動してみると、そこには、赤字の累積で延長計画を中止したままの線路が、まるでここが世界の終わりででもあるかのように、空中でぶつんと切れている。
[ 2009/05/06 23:21 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿⑩『元祖「格差の街」山谷をゆく』

『元祖「格差の街」山谷をゆく』
■初出……「週刊文春」2007年6月7日号

「いやあ、ぜんぜん仕事がないね。三月の末から、全く仕事がないよ」
 そのような状況に、もうすっかり慣れてしまったのか、Aさんは浅草警察署山谷地区交番(通称・マンモス交番)前で、時折、笑顔を見せながらそう言った。
 山谷――日本最大規模の寄せ場(日雇い労働市場)で、簡易宿泊所(通称・ドヤ)が密集する地域である。二極分化社会、不正規雇用労働者の急増などが問題視されている現状にあって、今、この街はどうなっているのか、私はそれが知りたくて取材を試みた。
 実は、「山谷」という町名は昭和四一年に廃止されており、現在は、正式地名としての山谷は存在しない。現在、一般に、「山谷地区」と呼ばれているのは、明治通りと吉野通りが交差する泪橋交差点を中心にして、荒川、台東両区にまたがる、面積約1・65平方キロの地域を指す。この辺りには、今でも多くの簡易宿泊所が軒を並べ、日雇いの仕事を求める人たちが暮らしている。高森朝雄原作、ちばてつや画の名作漫画、「あしたのジョー」の舞台となった場所だ。
[ 2009/05/03 00:01 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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