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『SPA!』にインタビュー掲載

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12月2日発売の『SPA!』(扶桑社)の特集「憧れの職業なのに<ホームレスな人>の日常」に松井計のインタビューが掲載されます。

この特集は、ネット喫茶やサウナを泊り歩いている人たちの日常生活を取材したもので、松井計は『家に帰らない男たち』の著者として、家族があるのに家に帰らずにサウナなどに泊り歩いている人たちの事例や、その心理状態などについて語りました。
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[ 2008/11/30 00:39 ] 雑誌 | TB(-) | CM(-)

空中戦

●日常会話の中でも、時折、<空中戦>というレトリックが使われることがある。双方が議論のための議論のような言説を交すばかりで、一見、派手ではあるけれど、実効性の希薄な論争などが、この<空中戦>に当たるだろうか。今日のタロー&イチローの党首討論のごときも、あるいはこれに近いやも知れぬ。

●ところで、この<空中戦>の反対語は<地上戦>であるらしい。なるほど、<地上戦>と言えば、まさに地に足がついている感があるし、より実効性の高い論争を想起することができる。

●ところが、私は自分でも<空中戦>という言葉をたまには使っていながら、その反意語が<地上戦>とは気付かずにいたのだから、我ながら情けない。では、私は<空中戦>の反意語をなんだと考えていたのかというと、ついさっきまで<艦隊決戦>だとばかり思っていたのである。

●ひょんなところで、旧筆名における戦争シミュレーション作家としての地が出てしまった。あの頃は<戦争物>とはいえ、海軍の機動部隊を主役とした艦と航空機の物語ばかり書いていたから、ついそういうことになってしまう。

●実は、最近、小学1年生の倅が太平洋戦史や東京大空襲に興味を持ち始めた。不思議なもので、今、5年生の娘がそれらに関心を持ち、私に色々訊いてきたのも、ちょうど今の倅と同じ頃だった。娘の場合は、学校の図書館で『はだしのゲン』を通読したのがきっかけだったが、倅の場合は、何がきっかけとなったのかまだ私は知らずにいる。

●幸い、かつて戦争物を書いていた関係で、私にもある程度の近現代史の知識がある。また、親父が旧海軍の戦闘機搭乗員だったから、彼から当時の生々しい話を多く聞いてもいる。

●せっかく子供たちが戦争に関心を持ち始めたのだから、私はそれらをきちんと我が子たち=次の世代に伝えてやりたいと考えている。戦争を知ることは、必ず、平和を考えることに繋がるはずだからだ。

●幸い、私は生まれてからこの年になるまで、戦火というものを全く経験せずに生きることができた。戦地にあった親父の青春時代を思えば、それがどれだけ幸せだったことか。であるなら、親として人として、次の世代にも平和を伝えていく義務が、我々にはあると思う。その意味で、私は戦争を容認する同世代者を軽蔑する。徳川幕府は3百年の平和を実現した。我々にもそれができなければ嘘だし、少なくともそれを目指す義務はあると私は考えている。
[ 2008/11/29 00:10 ] 日常生活 | TB(-) | CM(-)

野球、相撲その他

●先日、妻と娘が買い物をしている間、倅と2人でマックで待っていると、彼が急に、
『パパ、相撲見ようよ』
と言い出した。携帯のワンセグで相撲のテレビ中継を見たいというのである。時刻は5時半近くで、そろそろ『これより三役』の取り組みだった。

●テレビを点けてみて驚いた。あまりに倅が真剣に相撲を見るので。時に、おっ、などと奇声を発し、文字通り手に汗握って観戦している。決まり手を教えてやったり、簡単な解説を加えてやったりすると、
『パパ、詳しいね』
なんぞとにこにこする。

●これは昔ながらの父と息子の時間ではないか――そう思うと、奇妙に嬉しいから私も親バカである。私も、子供の頃は親父と一緒によく相撲を見たものだ。大鵬の全盛時代で、私はどちらかといえばライバルの柏戸のほうが好きだった。一番熱心に相撲を見たのは大学生の頃で、ちょうど隆の里と千代の富士が関脇で、どちらが先に大関になるか争っていた時代。関脇が強い場所は面白いというが、まさにその通りで、あの頃の相撲は面白かった。後に2人とも横綱になって一時代を築いたのは周知のとおり。

●結びの一番が終わると、倅、ふーっと息を吐き、
『ねえ、相撲はどこでやってるの?』
と訊く。
『今やってるのは九州だよ。福岡県だ』
『じゃ、見に行けないね』
『1月には初場所があって、これは両国国技館だから行けるよ』
いうと倅、
『ほんと? 行こうよ、ねえ連れてってよ』
と凄い勢い。いいよ、と応じると意外なほどの喜びようだった。

●それにしても意外だった。神宮に連れて行ってやるぞと言っても関心を示さず、サッカーには行きたいとは言ったものの、その後、全く積極的な姿勢を見せなかった倅が、相撲にはこれほど興味を持つとは。

●考えてみれば、一対一の戦いで勝負が早く、勝敗も分かりやすい相撲は、プロスポーツ観戦の入門編にはもってこいかも知れない。私は、子供たちには、相撲でも野球でも映画でも芝居でもいい、<出かけて実物を見る>文化により多く触れて欲しいと考えている。その意味でも、この日の倅の申し出は嬉しかった。

●プロ野球にせよ、相撲にせよ、あるいは映画や商業演劇、寄席などの文化は黄金時代を過ぎ、今や黄昏時を迎えているのやも知れぬ。しかし、それらの文化がきちんと存在しなければ都市の文化などありえない。私はこれから先、私の子供たちには少しでも多くそれらに触れさせてやりたいと考えている。
[ 2008/11/27 23:46 ] 親ばか | TB(-) | CM(-)

秋深し

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●夕刻、事務所近くの喫茶店で週刊誌のインタビューを受ける。2月に扶桑社新書から出した『家に帰らない男たち』の話を中心に、格差社会やネットカフェ難民について1時間ほど。それらの話題をネガティブに捉えるのではなく、そういう生活をポジティブに生きている人たちを扱う特集とのこと。私は、『家に帰らない男たち』の著者の立場として、俯瞰的な意見を求められた形。インタビューを終えた後、近くの踏切で写真を撮って終了。

●今月18日に配本になる新刊『連帯保証人』の見本が出た。素晴らしい装幀に大満足。この作品は、書下ろしの長編小説で、ジャンルでいえばミステリに当たる。長編ミステリは旧筆名時代に書いた『東條英機暗殺』以来だ。とはいえ、『東條――』は戦時を舞台にした冒険小説で、今回は現代が舞台の男と女のミステリだから、だいぶ趣は違う。願わくは、多くの読者にお読みいただけますよう。
[ 2008/11/14 23:29 ] 日常生活 | TB(-) | CM(-)

開き直りの時代

●日本人は劣化してしまったのだろうか? 今日報道された二つのニュースに触れてそんなことを考えた。

●一つは、田母神前空幕長の参考人招致での発言。彼は、自分が政府見解と異なる歴史認識を<航空幕僚長>の立場として発表したことに、何の問題も感じてないと発言したようだ。これには些か驚いた。過去に参考人招致は何度もあったけれど、ここまで開き直った参考人は彼が初めてだろう。

●彼はこれを思想の自由、言論の自由の問題と見做しているようだが、そんな問題ではないことは明らかではないか。これは明らかに、シビリアンコントロールの問題であり、統帥権の問題である。彼の態度を見ていると、必然的に想起するのは旧帝国陸軍の姿勢だ。旧憲法上、天皇が全軍の最高の地位にあることを盾に、統帥権の独立を呼号して、旧帝国陸軍は政府を無視、暴走した。その結果が、満州事変、日中戦争、太平洋戦争である。この道はいつかきた道。そうだ、キノコ雲が咲いていた……と冗談を言っている場合ではない。

●彼は少し前、裁判所が出した判決に対しても、「そんなの関係ねえ」と発言している。政府見解も関係ない。裁判所の判決も関係ない。軍人がこんな姿勢になった時が一番怖い。我々は先の大戦での陸軍の暴走で、イヤというほどそれを知っているはずではないか。歴史はやはり繰り返すのか。歴史から学ぶ理性は、我々には与えられていないのか。

●もう一つ驚いたのは、兵庫県知事の「関東大震災が起ったら、関西のチャンスだ」という発言。この発言自体も相当にひどいが、その後の釈明会見が、これまたひどい。同知事は謝罪するでもなければ、発言を取り消すでもない。ただ、自分の真意が理解されていないと繰り返すばかり。これもまた<開き直り>である。

●兵庫県といえば、かつて阪神淡路大地震で多くの人命が奪われた場所ではないか。その運命の地の県知事がこの態度では、被災者も浮かばれまい。

●ここのところ、少し理性的に考えれば、誰でもおかしいと感じるはずのことを、声高に強く主張する人が増えたように思える。それも社会的地位が高かったり、重要な職掌にある人が、そういう態度を採ることが多い。まさにこれは日本という国の、日本人という民族の劣化ではないのか。いやだ、いやだ。イヤな時代だ。私は、人間という存在の理性を信じていたい。
[ 2008/11/11 23:25 ] 日常生活 | TB(-) | CM(-)

倅のことなど

●夕方から、倅が持病の喘息で入院中の病院へ行き、面会時間の最後まで彼に付き添う。倅の入院は今回で二度目。今日は体調もほとんど回復しており、明日の午後3時に無事、退院できる運びとなった。とりあえずは一安心。が、明日から寒さが厳しくなる由で、当面は気をつけてやらないといけないと思う。

●医者は、退院してもしばらく学校を休んだほうがいいかも知れないというのだが、倅は、どうしても月曜から登校したいという。彼は学校が大好きなのだ。できるだけ無理はさせたくないが、まずは明日の体調を見てからということになるだろう。とにかく、健康を回復することが一番だ。元気でありさえすれば何でもできる。倅よ、無理をせず、焦らず、病気を治そうな。

●世間を騒がせている田母神前航空幕僚長の論文を読む。なんじゃ、これは? よくこんな内容で最優秀賞を取れたものだ。政府見解に反する論文を、昔風の呼び方をすれば、空軍大将、参謀次長の地位にあるエリート軍人が書いたというから、どれほど危険な内容かと思っていたら、新橋辺りの、オヤジさん御用達の居酒屋へ行けばいつでも聞けるような内容で拍子抜け。特に、真珠湾奇襲作戦に関する陰謀史観など<論文>と呼ぶにすら値せぬ。こんなことで日本は大丈夫なんだろうか。

●近々、私にとって初めての対談本が出る。そのゲラが届いているので、今夜、朱を入れる予定でいたのだが、さすがに疲労がひどい。軽く寝酒を飲んでから横になり、ゲラ直しは明日に回すことにする。
[ 2008/11/09 04:03 ] 親ばか | TB(-) | CM(-)

雑談的にあれこれと

●昨日、筑紫哲也さんが逝去。氏の業績に関しては私などが今更書き綴るのもおこがましいので、今宵は氏にまつわる個人的な思い出を記したいと思います。

●大学生の頃、それほど親しかったわけではないけれど、O君という友人がいました。彼は筑紫さんの強烈な信奉者で、いつも、
『俺はさ、筑紫さんみたいな新聞記者になりたいんだよ』
と口にしていました。ちょうど筑紫さんがテレビ朝日の『こちらデスクです』に出演されてた頃かな。

●私も筑紫さんは好きでしたが、当時はまだ、それほど強く氏を意識していたわけではありませんでした。私が氏に深く傾倒していくのは、その後、『朝日ジャーナル』の編集長になられた後だったと記憶します。あの頃の『朝日ジャーナル』は面白かった。頭の悪い大学生だった私は、同誌を一種のサブカルマガジンとして楽しんでいたわけです。まあ、馬鹿な大学生とはそんなもんです。

●で、そのO君です。大学時代のある日、授業をサボって昼のワイドショーをぼんやり眺めていたら、突然、O君が画面に登場。ちょうど長嶋茂雄さんが読売の監督を解任された頃で、確か、長嶋ファンの集いみたいなイベントを取材した報道だったと記憶します。長嶋さん本人も出席されて。

●画面では、O君が泣きながら、自分がいかに長嶋ファンであったか、いかに長嶋さんに影響されて生きてきたかをご本人に告白しているんですね。私は、何か胸に迫ってくるものを感じましたよ。長嶋さんにしても筑紫さんにしても、私は他者に対してそこまでの思いを持った経験がなかったから。

●O君とは大学卒業後、一度も会っていないし、彼が念願の新聞記者になれたのかどうかも知りません。が、私は筑紫さんの訃報に接して、まず彼のことを思い出しました。筑紫さんが彼岸へ旅立たれ、長嶋さんが表舞台から去った今、彼は、どんな思いを持っているのだろう。そんなことを考えました。機会があれば、また一緒に酒でも飲みたいものです。お互い、おっさんになってしまいましたが。末筆ながら、衷心より筑紫さんのご冥福をお祈りいたします。合掌。

●赤坂真理さんより、『モテたい理由』(講談社)を送っていただきました。赤坂さんありがとうございます。ご丁寧なお手紙まで同封していただき、恐縮しております。
[ 2008/11/08 02:05 ] 日常生活 | TB(-) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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