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<活字離れ>という幻想

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 現在は、活字離れの時代であるそうな。特に、若年層に、その傾向は顕著だとよく言われる。それを裏書するかのように、今、出版業界は非常に厳しい状況にある。日本の出版マーケットは、1996年の2兆6,564億円をピークに、毎年、漸減状態が続いている。

 出版界だけではない。活字離れの影響は、他の分野にまで広がっている。先だっても、映画の字幕が読めない若者が増えていて、国内で洋画が上映される際、字幕版ではなく、吹き替え版が作られるケースが増えている、と新聞で報じられた。これも、若年層の活字離れと無縁ではない――というようなことがよく言われる。

 ここまでくると、日本の文化も既に末期的であり、文筆を業とし、活字文化を信奉する私としては、重い気分にならざるを得ない。

 が、果たして、本当に、この国で<活字離れ>なるものが進んでいるのだろうか? 私は、どうしてもそれを実感することができないのだ。モノカキや編集者など、この業界にいる人間は、一般の人よりは活字の消費量が多いのが普通だろうから、除外して考えなければならないとしても、業界外の私の友人たちが、最近、本を読まなくなったという話は、寡聞にして知らない。

 若年層に限るとしても、たとえば私の子どもたちは、私の子どもの頃と同様、読書生活を楽しんでいる。私が、子どもたちに買ってやる本は、ひとり当たり月に3~5冊だが、これ以外にも彼らは、学校の図書館などで本を読んでいようから、それほど少ない読書量だとも思えない。

 本当に、<活字離れ>という現実があるのだろうか?――それが私の疑問だった。で、色々と調べてみると、面白いデータにぶつかった。

 実は、毎日新聞が、毎年、読書世論調査を行っている。それによると、総合読書率は、調査開始以来、70%から75%の間で安定しており、読書率が下がったというデータはない。昨年の同調査では75%で、これは、前年度の調査から3%上がっているほどなのだ。

 この数字は総合読書率であるから、雑誌などを読んだ人も含むデータである。では、書籍に限ってみるとどうか。昨年度調査の、書籍読書率は49%。これも、総合読書率同様、前年度比3ポイントのアップであり、調査開始以来、ずっと50%前後で安定している。

 いやいや、それは大人のデータであり、若者や子供の活字離れは確実に進んでいるはずだ、という声が聞こえてきそうだが、残念ながらそうではない。小中高生を対象にした、同じく毎日新聞の「学校読書調査」でも、子供たちの読書率は、むしろ上がっているのである。この背景には、朝の10分間読書運動や、講談社が展開している<全国訪問おはなし隊>の成果もあるのかもしれない。

 これらの数字を総合すると、以下のことが言えそうである。

①活字離れが進行しているというのは幻想に過ぎない。
②全人口の半分程度が、書籍を読む層であり、国民の4人に3人が、なんらかの形で活字を読んでいる。
③その数字は、何十年間も、ほとんど変わっていない。
④学校や版元の努力もあり、子供の読書率は上がっている。

 これらのことは、私の実感にも近い。では何故、<活字離れ>などという言説が、まことしやかに語られるのであろうか。それはひとえに、今、出版業界が不況だからである。本が売れにくい時代だからである。むろん、その他にも、元々、書籍を読まない層である50%の人たちの声が大きくなって、自分が本を読まないことを、必要以上に一般化して語るようになった、という背景もあるだろう。が、それはひとまず措くことにする。

 本が売れにくい理由は、流通の問題も含めて、色々とあるのだろうが、その中でも、一番、大きいものは、個人の可処分所得が、以前より少なくなった、ということだろう。本の購入に回す金が、なかなか出しにくい、ということである。このことは、むろん、不安定労働者層が増えたこととも関る問題である。喰っていくのが大変な状況下で、本に金をかける、というのは、望んでもなかなかできることではない。出版業界がもっとも元気があったのが、バブル経済の時期であったことを思えば、このことがよりよく理解されるはずだ。

 つまり、今の日本では、<活字離れ>などはまったく進んではいないが、本を買う人が減っている、ということである。これが、日本経済の実相であり、日本文化の実相なのである。<活字離れ>などという、一見するとつい頷いてしまいそうな言説に惑わされてはいけない。まずは、個人の可処分所得を減らさない努力を、政府や政治家がやらないと、日本文化はやせ細っていく、ということである。

 私が2月に出した「家に帰らない男たち」は、都内の各市区町村の図書館が、それぞれ2~5冊ほど入れてくれている。しかし、今、都内の図書館で、この本を読めるのは大田区、稲城市、三鷹市の図書館だけである。他の市区町村の図書館では、全冊が貸し出し中であるばかりでなく、何冊ずつか予約が入っている。

 つまり、図書館で本を読む人が増えているわけだ。著者としては、わざわざ図書館で予約をしてまで、拙著を読んでくださる方がたくさんいらっしゃるのは、非常に嬉しいことである。しかし、その背景に、「本は買いたいけれども、なかなかお金を出すのが難しい」という状況があるのだとすれば、それは、日本文化のために哀しいことである。

 読みたい書物くらいは、そう悩むことなく購入できる社会が、正しい社会であることは、論を待たない。最近、声の大きな政治家たちが、<日本の文化>という言葉を口にするのをよく聞く。<文化>を云々したいのであれば、まずはこの辺りから手を付けてみてはどうか。
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[ 2008/05/30 03:29 ] 書籍 | TB(-) | CM(-)

旧悪を詫びる・石毛さん、ごめんなさい

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 繰り返し記しているが、私は日本プロ野球のファンである。私は、野球ほど、エンタテインメントの要素を完璧に充たしているスポーツはほかにない、と考える者である。その中でも、私は東京ヤクルトスワローズのファンだ。今、日本プロ野球は、セパ交流戦が始まっている。スワローズファンの私としては、CSのフジテレビ731で、毎晩のように東京ヤクルトスワローズの試合を楽しんでいる。まあ、なかなか勝てないのだけれど、勝つことだけが野球の楽しみではない――そんなことを感じながら、ナイター中継を楽しむ毎日だ。

 ところが、セパ交流戦が始まって、実は私は、多少の違和感を覚えてもいるのである。パシフィックリーグのファンの、球場での振る舞いが、どうしても理解できないのだ。試合が行われている間中、観客がみんな、同じ振付けて踊ったり、歌ったりしている姿には、私は、空恐ろしさ以外の何物も感じない。この人たち、ほんとうに野球の試合を楽しんでいるのだろうか――そんな思いから自由ではない。

 で、今夜も、そんなことを考えながら、東京ヤクルトスワローズ対北海道日本ハムファイターズの試合を眺めていたら、はっ、と気づいたことがある。村上春樹ふうに言えば、それは、あたかも天からティッシュペーパーが降ってくる具合に、私の脳裡に天の啓示の如く甦ったのである。

 若い頃――20歳くらいのころかなあ。神宮球場における私自身の恥の歴史を思い出したのだ。これまた、先人の言葉を借りれば、埴谷雄高が言うところの<自同律の不快>のようなものを、私は感じた。

 その頃のある日、私は大学野球を観戦するために、神宮球場の3塁側内野席に座っていた。で、その時、石毛宏典選手が、敵軍の遊撃を守っていたのですね。駒澤大学からプリンスホテルを経て、西武ライオンズに入団し、その後、FA権を行使してダイエーホークスに移籍、現役引退後はオリックスブルーウェーブの監督も務めた石毛である。

 当時の石毛と言えば、大学野球の大スターである。その頃の私も、駒澤大学の先発ラインナップの中で、名前と顔を知っているのは石毛だけだった。で、その日、私は石毛を野次りまくったのですね。きっかけは、石毛が強い当りの遊撃ゴロをエラーしたことだった。私は大声で、

「おい、石毛! 阪急のスカウトが見にきとるぞ!」

 と野次ってしまったのである。当時は、スポーツ新聞なんかに、『阪急ブレーブス、駒沢大石毛を一位指名に決定』なんぞという記事が踊っていましたから。それにしても、今にして思えば、若さゆえとは言え、なんとも情けないなあ。しかし、石毛さんは、そのあとも、真面目に遊撃を守っておられた。ところが、何イニングか後、またエラーをしたのですよ。

 当時の私としては、やったー、なので^^; また、野次りました。
「おい、石毛、大学野球では、八百長はめったにないぞ!」
 ひどいもんだなあ。今の私から見ると、当時の私に腹が立つ。まあ、それはそれとして。大学野球なので、観客は非常に少ないわけで、私の野次が、石毛選手にも聞こえたのだと思う。彼は、私が座っている3塁側スタンドを振り返り、厳しい目つきで睨みつけておりました。

 そこで止めておけばいいものを、当時の私はアホですから、
「おいっ、石毛、ボール来てるぞ! 睨んでるときじゃないぞ、ほらっ。またエラーするぞ。阪急のスカウトが帰っちゃうぞ!」
 とまた、野次り倒したのでありました。あの時の、石毛の慌てた顔、面白かったなあ。いや、そういうことを言ってはいけませんね。今回は、私は旧悪を反省しているわけですから……。

 それにしても、我ながら、なんとも情けない……。当時、私は20歳。石毛さんは、2学年上の22歳だったと思います。今思うと、とんでもないバカ大学生ですなあ……。今日、CSでナイター中継を見ていて、唐突にそれを思い出した次第。

 石毛さんが、このブログを見ていらっしゃるとは到底思えませんが、この場を借りて、若い頃の過ちをお詫びしますよ。石毛さん、ごめんなさいm(_ _)m 石毛さん、 四国独立リーグを退かれた後、どうなさるのか気になっておりましたが、今度は、関西独立リーグのコミッショナーに就任される由。それはそれで素晴らしいことだとは思いますが、ぜひ、NPBの舞台にも復帰して欲しいです。

 で、東京ヤクルトスワローズ戦で、どこかのチームの監督になった石毛さんが采配を振るっておられたら、私も、若い頃を思い出して、また、遠慮なく野次らせてもらいますから……。ありゃ、私、まったく反省していないのかな?

 
[ 2008/05/29 01:08 ] スポーツ | TB(-) | CM(-)

「立ち上がる人たち」(世界文化社)

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■この本をお買い上げになるには●こちら●

失業、いじめ、夫婦不和、冤罪、我が子と夫の喪失――。失意の中、必死にもがき生きる老若男女七人、七つの人間交差物語。(帯のリードより)

■朝日新聞 5月30日付夕刊「BOOK TIME」より
●7人の男女が紡ぐ希望と再生の物語
 自らのホームレス体験を綴(つづ)ったベストセラー『ホームレス作家』から7年。著者の新作は、失業やいじめ、冤罪(えんざい)、家族の喪失といった、挫折や失意の底から人生を立て直す人々を描いた七つの短編集である。<続きを読むには●こちら●へ>


■主な書評・書籍紹介記事
産経新聞」8月3日付朝刊文化面 松井計インタビュー『希望回復への応援歌』


【詳細目次】

「始まりの歌」
 勤めていたレコード会社から突然のリストラ通告。男は、最後の音楽制作を決意した。

「0勝0敗0セーブ」
 所属していた球団を三年で解雇。一度は野球を失った男の新天地とは?

「みにくいアヒルの子」
 ある日始まった、クラスでのいじめ。少女は生き別れた父との思い出を心のよすがにした。

「水槽の底」
 元教師の主婦。冷え切った夫婦仲。失った輝きは取り戻せるか?

「オーディション女優」
 女優とは名ばかりの小劇団員。スポットライトが浴びたくて、CMのオーディションを受ける。

「推定有罪」
 ベテラン刑事が犯した始めての誤認逮捕。罪の意識に苦しむ男が決意したこととは?

「風のゆくえ」
 戦後の激動期を生きた靴磨きの老婦。なき我が子と良人の思い出を胸に、彼女は街で靴を磨きつづけた。

○発行元 世界文化社
○編集担当 岡田知也
○装幀  中 直行
○刊行年月日 2008年5月17日
○版型 四六版ハードカバー
○定価 1500円+税
○エージェント 栂井理恵(アップルシードエージェンシー
ISBN978-4-418-08514-9


【立ち読み】

『始まりの歌』

               1

「立川君、今なら、退職金も少し上乗せして出せると思うんだ」
 今年の春のある日、局長の剣持宏一が私のデスクにやってきて、唐突にそう言った。ほかの社員は既に帰宅しており、部屋には私と彼の二人きりだった。それが早期退職勧告だと理解するまでに、おそらく五分程度は要したと思う。 
 フラッグシップ・エンタテインメントに勤めて十六年目。まさか、自分がリストラの対象にされるとは思ってもいなかった。
 確かに、ここ四年ほどはヒット曲には恵まれていなかったが、それはどのプロデューサーも似たり寄ったりだ。CD業界全体の売上が落ちている。業界自体が冷え込んでいる今は、じっと雌伏の時――そんなふうに考えていた。なのに、私が何故……。
「少し、時間をもらえませんか?」
 私は言った。
 自宅に戻り、ビールを舐めながら妻に事情を話した。十一歳になるひとり娘の奏は、もう自室で眠っていた。話しにくい内容だから、自然、口が重くなる。驚かされたのが、妻の反応だった。
「そんなふうに言われるんだったら、すぐに辞めちゃえばいいわ。お父さんも喜ぶわよ」
 まるでお祝い事ででもあるかのように、彼女はそう言った。
 私と妻とは、大学の同期生だ。軽音楽系のサークルで知り合い、大学卒業後、三年目に結婚した。
 大学時代、私は、ハードロックを演奏するバンドでドラムスを叩いており、彼女は他のバンドのキーボード奏者だった。
 音楽が結んだ仲、と言っていいはずだ。そんな彼女なのに、私が音楽の現場から離れるのが、悔しくはないのだろうか。
 妻の父は、家具の製造販売会社を経営している。彼は元々、腕のいい指物大工で、自分で作った家具を売る小さな会社を起こしたのが、妻が産まれたばかりの頃だそうだ。
 その会社を、今では専務として実権を握っている妻の兄が、飛躍的に成長させた。製造部門を大幅に中国に移転したのが、その成功の一番の理由だった。 
 現在では、東京の郊外に、駐車場を完備した大型店舗を三店、展開して、今や上場も不可能ではない規模にまで会社は発展している。
「お父さんもやっぱり、信用できる身内で周りを固めたいのよ……」
 妻は、その場で義父に電話をかけ、事情を話した。こうなるともう、私には選択権はないのも同じだ。
私は、翌日、剣持に退職勧告に応じることを告げ、翌週からは早くも義父の会社の新店舗開発本部長に就任した。
 四十を過ぎた男が、リストラされても全く失業者としての時間を過ごすこともなく、再就職の苦労もなかった。収入も、僅かではあるが、フラッグシップ時代より増えた。
 友人の中には、私が、義父の会社に転職するために、自分から進んでフラッグシップを辞めたと考えている人間も多い。不満を持つほうがおかしい。それは判っている。しかし、やはり、何かが違う。
 あのとき、私のもうひとつの選択肢として、ほかのレコード会社や、音楽関連の企業に職を求める、という形があったはずだ、と今の私は思う。
 音楽プロデューサーを自分の天職とみなし、音楽制作に生きがいを感じていたのなら、それが正しい選択だったろう。
 しかし、私はそうしなかった。妻の勧めに従って、唯々諾々と義父の会社に移籍した。そうすることが、妻の喜びに繋がるのだろうし、これからますます、多額の教育費が必要になる奏のためでもある――私は、自分にそう言い聞かせた。
 結局のところ、私は逃げたのだ。失業者として、音楽業界に新たな職を求めることによって生ずるであろう、様々な困難から。義父の会社への就職を断ることによって発生するであろう妻との軋轢から……。そんな男に、何かが違う、などと感じる資格はどこにもない。それは、判っている。

                                     ■続きを読むには●こちら●
[ 2008/05/14 20:50 ] 書誌データ | TB(-) | CM(-)

雑誌掲載情報

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■6月10日発売の「クロワッサン」335号(マガジンハウス)の書評コーナーに、松井計のインタビュー記事が掲載されます。

 同コーナーは、毎号、テーマが設定されており、5名の著者が登場します。今回のテーマは、「社会問題について」で、その中の1冊として、「家に帰らない男たち」(扶桑社新書)が取り上げられ、松井計のインタビューが行われました。

●於・上北沢「珈琲館
●インタビュアー 大場基弘(クロワッサン編集部)

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■6月22日発売の「婦人公論」7月7日号(中央公論新社)の、特集記事『あなたの悩み、解決します』に、松井計が回答者として登場しますします。

 この特集企画は、実際に、読者から寄せられた悩みに、松井計が自らの経験や、人生観に基づいて回答したものです。

 
[ 2008/05/13 14:41 ] 雑誌 | TB(-) | CM(-)
来訪者数
松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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