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アーカイブ原稿⑦「週刊読書日記」

コラム「読書日記」
初出……「日刊ゲンダイ」2006年12月1日号
※言及した人物や書籍にはリンクを追加しました。

11月×日
 広告代理店勤めの友人と梅ヶ丘で食事。四方山話に花を咲かせながら、中華でビールを楽しむ。食事を終え、2人で駅に向かっていると、旧知の代議士、保坂展人さんが街頭演説中だった。教育基本法改正法案の強行採決や、タウンミーティングでのやらせ発言など、日本はどんどん不自由な国になっていく予感がある。相次ぐいじめを苦にした子供の自殺も、そんな閉塞感と無縁ではあるまい。なんともいやな時代だ。
 保坂さんと秘書氏に簡単に挨拶してから事務所に戻り、読みかけになっていた米原万理さんの「打ちのめされるようなすごい本」(文藝春秋 2400円)を読む。今年5月29日に急逝した著者の書評をまとめた大著であり、遺作だ。時に深刻に、時に笑いの裏に辛辣な批判の矢を隠しながら、米原さんは本について語る。そこから、我々が容易に感じ取ることができるのは、彼女の書物に対する深い愛情だ。
 本書には、米原さんが「週刊文春」に連載していた『私の読書日記』も全文が収められている。その終盤、彼女の癌の闘病記は圧巻である。自らが癌と闘う様を、癌治療の本を紹介しつつ公表する。言葉にすれば簡単そうだが、誰もができることではない。書物の真贋を見分ける目と、自分自身を客体化して眺める冷静な目、その二つを持っていなければ、決してできない仕事である。その意味でも、米原さんは稀代の書評家だったといっていいだろう。
 それは、彼女の、ロシア語通訳者としての業績や、大宅賞を受賞したノンフィクション作家としての業績と比べても、決して引けを取るものではない。読了後、無常観に苛まれる。まだまだ生きて、素晴らしい仕事を残して欲しい人ばかり、早く逝ってしまうように思える。『私の読書日記』の終盤、斎藤美奈子さんの「文学的商品学」(紀伊国屋書店 1600円)を紹介する形で、私の名前と、拙著「ホームレス作家」(幻冬舎 1500円)が出てくるのを見たとき、その思いは、更に強くなった。私がこれから書くであろう本も、米原さんに読んでもらい、書評を書いて欲しかった。
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[ 2007/09/11 02:38 ] アーカイブ | TB(-) | CM(-)

アーカイブ原稿⑥エッセイ「ノーマライゼーション」

エッセイ「ノーマライゼーション」
初出……「大法輪」(大法輪閣)2004年1月号「鉄笛」

 私の親しい友人に、重度の難聴の女性がいる。聴力はほとんどなく、私とのコミュニケーションも、もっぱら、筆談に頼っている。が、日常的な交遊に不便を感じることはまったくなかった。最近は携帯電話のメール機能が充実しているから、離れていても筆談が可能で、電話が使えないことも意思疎通の妨げにはならない。
 実際、彼女は女手ひとつで子供を育て上げ、大手企業の要職に就いているのである。そこに至るまでにはさまざまな苦労があったにせよ、彼女は確実に難聴というハンディキャップを克服し、充実した毎日を過ごしている。
 ところが、数日前の深夜、突然、私の携帯電話に彼女からのメールが届いた。激しい腹痛に見舞われ、嘔吐も続いている。ついては救急車を呼び病院にいきたいのだが、偶々、子供が在宅していないこともあり、一一九番に電話することができない。代わりに電話してくれないか、というのである。早速、私は一一九番に電話をかけ、彼女宅に救急車を向かわせるように頼んだ。病院に搬送された彼女は、そのまま入院することになった。
 幸いなことに、彼女からメールがあったときに私が執筆中で、まだ起きていたから事無きを得たが、この出来事には考えさせられてしまった。一一九番や一一〇番は生命にかかわる危険を回避するための緊急電話である。なのに、耳が聴こえなければ、自らそこに電話することもできないのだ。
 彼女とは長い交遊がありながら、うかつなことに私もそのことの重大さに気がついていなかった。たとえばファクスやメールで救急車、消防車を呼ぶようにはできないものだろうか。障害を背負う人たちが引き受けなければならない多くの不便は、なかなか健常者には気がつきにくい。ならばせめて、それが生命、財産の危機にまでは及ばないように配慮することは、すべての人が共に生きる社会の基本ではないか、と私には思えるのだ。
[ 2007/09/01 01:30 ] アーカイブ | TB(-) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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