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アーカイブ原稿34「離婚訴訟『トンデモ判決』に怒り心頭の夫と妻」

■年間27万人が別れる時代「離婚訴訟『トンデモ判決』に怒り心頭の夫と妻」
■初出……「週刊文春」2005年7月7日号


                   ※法制度、データなどは、原稿発表時のものです

「そりゃ、びっくりしましたよ。まさかこんな判決になるなんて」
 どうしても納得のいかない調子で言ったのは、大手事務機器メーカーの営業職A氏(40)である。彼は、首都圏のある家裁支部での離婚訴訟を終えたばかりなのだが、その判決が首を傾げたくなるものだったというのだ。
「慰謝料が三百万円です。これ、普通に考えて納得できますか?」
 A氏が判決文を私に見せながら言った。判決の要点は三つ、A氏と妻を離婚し、二人いる子供の親権者を妻とする。その上で、A氏に慰謝料として三百万円を支払え、という内容だ。その理由というのが、妻が妊娠中にA氏が言った一言なのだという。
「お前より会社のB子のほうが俺は好きだよ」
 B子さんとは、その頃、A氏の会社に大卒で入社してきたばかりの新人OLである。A氏はB子さんの指導係のような立場だったのだが、この一言が、婚姻を継続し難い重大な理由に当たる、というのが判決理由なのだ。

「私は、B子と付き合っていたわけでもなければ、彼女に愛情を感じていたわけでもありません。サラリーマンなら判ってもらえると思いますが、入社してきたばかりの女の子に、既婚者の上司が手を出したりしたら、社内で大問題になりますよ。夫婦ですから喧嘩もします。売り言葉に買い言葉で、ついそう言ってしまっただけなんです」

 その頃、A氏は妊娠中の奥さんと口喧嘩になることが多く、そのたびに奥さんは、「あなたには女がいるんでしょう」とA氏を問い詰めていたという。このときも、奥さんがそんなことを言い始め、それまでは、「そんなことはない」と応じていたA氏が、あまりのしつこさに、このときばかりは、ついつい言い返してしまったのだという。A氏が奥さんにそういう発言をしたのはそのときだけであり、A氏は、B子さんとは男女関係もなければ、恋愛感情すらないことを、その後何度も繰り返し説明している。それでも家裁判決は、A氏のただ一度の発言を重大な問題とし、慰謝料三百万円の判決を出したのである。

A氏はB子さんと携帯でメールのやり取りなどもしていた。B子さんからの仕事の相談が主な内容だった。判決文は、これも問題にしている。『妻がB子との関係を疑っているのに、メールの交換を続けるなど、疑惑を解く努力をしなかった』というのである。
「そう言われても、仕事なんですけどねえ」
 A氏がため息混じりに言った。彼は、この判決に到底、納得することができず、現在、高裁に控訴中である。

 昨年四月に、人事訴訟手続法(以下、人訴法)が改正されて、裁判の迅速化のために、それまで地裁で行われていた離婚訴訟が家裁で行われるようになった。ところが、以来、当事者が判決のトンデモぶりに不満を覚えるケースが増えているのだという。私は、人訴法改正後に離婚訴訟を行い、既に判決の出た人何人かに取材してみた。すると、ほかにも驚くべき内容の判決を目にすることになったのである。

 まず、妻が夫の暴力を理由に離婚を求めたケース。妻側は、「食事中に夫がテーブルを自分に投げつけてきた」と主張している。これに対して、夫側の反論は、
「そういった事実はない。テーブルは六人がけであり、物理的に、そんな大きなテーブルを投げつけることは不可能だ」
 というものである。夫側は、部屋の広さや、その部屋の中でテーブルの占める面積、食事中の彼と妻の位置関係などを詳しく説明して、そんなことは不可能だと反論した。だが、妻側は、「私は確かにテーブルを投げつけられました。大きなテーブルがゆっくりと宙を舞ったのをはっきり記憶しています」と再反論した。これらのやり取りを経て、判決文は、「夫がテーブルを妻に投げつけた」と事実認定したのである。

 夫の暴力がらみになると、こうした判決文には枚挙に暇がない。妻側の、「日曜日に、夫が遅くまで起きてこないので、寝ている夫の頭を蹴っとばして起こしたところ、反射的に殴られた」という主張を、夫の暴力として事実認定したケースもある。これなど、おそらく夫には暴力を振るう意思はなかったろうし、それ以前に、頭を蹴とばすという妻の行為のほうが問題だと思うのだが……。

 ほかに気になったのは、<請求の理由>と判決が整合していないケースである。都内に住むマスコミ関連のサラリーマンC氏(41)のケースがそうだ。C氏は、彼の暴力と浪費を理由に、これが婚姻を継続し難い重大な理由に当るとして妻から離婚訴訟を起こされた。子供がまだ小さいこともあって、C氏にはまったく離婚の意思はなく、離婚理由さえ覆せば離婚しなくてすむと思い、この証明に努力した。その結果、十カ月続いた口頭弁論の中で、それらはすべて否定された。C氏には暴力も浪費もなかったことが、法廷で証明されたのである。判決文を見ても、夫側に有責性はないとはっきり記されている。が、判決は妻側の請求を認め、この夫婦を離婚するというのである。理由は、既に夫婦関係が破綻していて、修復は不可能だから、というもの。C氏が言う。

「冗談じゃないですよ。ぼくが殴ったとか浪費したとかが理由で離婚を求める、という裁判ですよ。だから、十カ月以上も、証拠を出し合ってそれを否定したんじゃないですか。裁判所もそれを認めてる。なのに、判決の段階になって突然、もう修復不可能だからと別の理由を持ち出されても困りますよ。あの十カ月はなんだったんでしょうね?」
C氏もこの判決には納得できず、現在、東京高裁に控訴中である。

 ここまでは夫側に不利な判決内容ばかりを紹介したが、逆に、妻側がどうしても納得していないケースもある。現在夫と長期間別居中で、長男と生活しているD子さん(45)は、夫から離婚を申し立てられた。夫は、小学生の次男と一緒に暮らしている。別居の理由は夫婦の不仲だった。別居後しばらくは、次男もD子さんと暮らしていたのだが、一年ほど経ってD子さんの留守中に夫がD子さん宅を訪れ、次男を自分の家まで連れ帰ってしまったのである。離婚請求の理由はD子さんの暴力と浪費。夫は、離婚して、子供二人の親権を自分に与えることを主張している。慰謝料の請求額は百万円。D子さんも離婚には応じるつもりだったが、慰謝料を支払う意思はなかった。既に夫と生活している次男の親権は諦めても仕方がないと思っていたが、長男の親権を渡すつもりもない。

「女が男性に暴力を振るうことなんか無理ですよ。結局、それは退けられました。浪費もです。確かに、ブランドもののバッグなどを買ったことがあり、夫はそれを私の浪費癖と主張しましたが、私には普通の主婦よりはかなり多い収入があったので、収入相応の買い物だと認められました。ですから慰謝料はゼロです。でも、長男の親権も夫が持つという判決なんです」
 D子さんの長男は、成人が近い年齢である。それに対し、次男はまだ小学生。そこで裁判所は次男の生活環境を変えないほうがいいという判断を下したようだ。通常、判決に到ると、兄弟姉妹の親権者が分離されることは稀なのである。このケースでは、D子さんと夫の双方が、判決を不服として控訴している。
「夫は、無理やりに次男を連れて帰った人ですよ。そんな人が作った既成事実のために、私が長男の親権まで諦めないといけないというのは、納得できませんでした。それに、夫の控訴理由書を見て吃驚しましたよ。どうしても慰謝料が欲しいと言うんです。どんな神経をしているのかしら」

 日本の離婚件数は昭和四十六年に十万組を超え、五十八年をピークに減少に転じたが、平成三年から再び増加している。平成十四年の総離婚件数が二十八万九千八百三十六組で、これは人口千人あたり二・三〇組の離婚率に当たる。平成十五年はやや減って、二十八万六千組、率にして二・二七組だが、婚姻数の減少も考慮に入れると、離婚数は高値安定傾向にあるといっていいだろう。

 これら総離婚数のうち、九〇%まではまったく裁判所を介在させず、夫婦だけで結論を出す協議離婚である。残り一〇%の中でも、九割までは家裁における調停で離婚する。離婚訴訟に発展するのは、全離婚事案の約一%。ただし、訴訟になっても大半は和解で解決するから、判決にまで行くのは訴訟になったケースの約一〇%、全離婚事案千件に一件程度といわれてきた。

 日本の訴訟制度の中でも離婚事案は特殊で、ほかの民事事案のように直ちに訴訟を起こすことはできない。まず、家庭裁判所で夫婦関係調整調停を行い、それが不調になっていなければならないのだ。これを調停前置主義という。調停でどうしても話がまとまらないケースのみ、不調証明書を添えて訴訟を起こすことができるのである。

 そもそも離婚事案とは、家庭内の出来事だから事実の証明が難しい。また、裁判所が判決を出すということは、公権力が家庭の問題に介入するということであり、公権力を以って一つの家庭を崩壊させるということでもある。だから、まずは調停で本人同士が結論を出すのが原則であり、訴訟になっても和解が原則になっていたわけだ。判事としても、シロクロをつけたくはないのである。これまでは、離婚訴訟もほかの民事訴訟同様、各地裁で行われていたのだが、前述したように、人訴法改正により、昨年四月から家裁が離婚訴訟を扱うことになった。これは、離婚訴訟を迅速に処理するための措置であり、その背景には、離婚訴訟数の増加がある。ところが、実際に家裁で離婚訴訟が行われるようになってみると、当人が納得できない判決が多くなり、さらに、控訴事案も増えているというのだ。しかも、前出のA氏、C氏ともに一審では和解勧告がなく、夫婦双方が話し合いのできる場面を経ずに、一気に判決までなだれ込んでいる。

 では、高裁が、きちんと納得のいく審理をしているかとなると、必ずしもそうとは言えないようだ。実状を話してくれたのは、運輸関連企業に勤務するE氏(44)である。彼は、A氏やC氏より一足先に家裁で判決を受け、今年の五月に高裁での控訴審が始まった。一審の判決は、夫婦を離婚し、親権者を母親とする、慰謝料は三百万。これとは別に、財産分与が百万円というもの。
「私は、離婚と親権には異存はありませんでした。ただ、妻が二人いる子供を私に会わせようとしないので、控訴した理由は子供との問題です。もうひとつは、やはり、慰謝料が高すぎたと思えたことです」

ところが、高裁では、準備書面を往復させた後、第一回目の口頭弁論で、合議体(高裁では、裁判長、右陪席判事、左陪席判事の三名で審理を行い、これを合議体という)は弁論終結を宣言したという。一回で、結審したということである。その上で、高裁は和解を提案し、次回和解期日を設けてくれた。
「最大の目的だった子供のことは、手続き上、和解には盛り込めないとのことでした。別手続きになるというのです。その上で、判事から、慰謝料百万円で和解してくれ、といわれました。この額で納得してくれれば、相手も説得するからと」

 E氏は、和解して一括で払うとなると、自分にはまとまった金の余裕がないので親戚に借りることになる、と判事に説明したらしい。
「私が出せるわけではありませんから、貸してもらえるかどうか聞く必要があります。そこで、判事に、少し時間が欲しいといったんです」
 すると、判事が言った言葉が、E氏にはどうしても納得できないものだったという。判事は、
「六月中に全額払うのなら、百万。もし、六月中が無理なら、百五十万になるよ」
 と言ったというのである。

「いまどき、ヤミ金じゃあるまいし、月末の期限が過ぎたら一・五倍になるなんて話聞いたこともありません。私はもう、これではとてもではないが和解なんかできないと思いました。第一、一審での判決が慰謝料三百万ですよ。それが百万になったり、百五十万になったり、数字の根拠はどこにあるんです?」
結局、E氏は裁判所の和解案を拒み、判決を求めることにしたのだが、最後の最後になって、また判事の言葉に腹を立てることになったという。
「和解できないといったら、判事が、『そう。じゃ、いい判決は出ないと思うよ』と言ったんです。これ、脅しに近いですよ。判事がこんなことを言っていいんでしょうかね?」
 離婚訴訟の増加から、訴訟を迅速化しなければ処理しきれないというのはよくわかるが、これでは人訴法の改正が効を奏しているとはとても思えない。

 離婚訴訟も扱っている弁護士がこう語る。
「今の傾向を見ると、離婚理由そのものが、昔だったら仲人に相談して、『それは了見違いだよ』と説教されて終わる程度のものばかりなんですよ。それを裁判に持ち込んで、無理に判事にシロクロをつけさせようとするから、双方が納得できなくなるんです。判事は全能ではありませんし、離婚事案はまず双方で話し合うことが前提だと思います」

 今回、取材で私が会った人たちは、みんな、どこにでもいる普通の中年男女だった。おそらく、その夫婦生活も当初は普通の人と変わらなかったはずだ。ところが、一度、夫婦関係がギクシャクし始め、裁判所が絡むことになると、今の裁判制度では、とてつもなく問題のある人物にされかねないのだ。

 となれば、司法に頼らずになんとか当事者間で解決する手立てを考えるべきだろう。
繰り返しになるが、離婚事案が裁判にそぐわないことは言うまでもない。家庭内の出来事に他人がシロクロをつけることは土台無理であり、裁判で双方が納得する判決が下されることなどまずないのだから。
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[ 2010/11/10 00:37 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿32「太平洋戦争の落とし穴」最終回

■「太平洋戦争の落とし穴」最終回『一参謀の独断が招いたノモンハンの悲劇』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年6月19日号

 今回は太平洋戦争前の事件を取り上げる。
 1939年5月、満州国とモンゴルの国境付近に位置するノモンハンで、日本軍とソ連軍の戦闘が行われた。世にいう「ノモンハン事件」だ。
[ 2009/07/10 22:14 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿32「太平洋戦争の落とし穴」第18回

■「太平洋戦争の落とし穴」第18回『「一億玉砕」の軍部、「米百俵」の小泉首相』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年6月5日号

 今年の9月でやっと小泉首相の任期が終わる。この5年間、国民は彼の言葉に踊らされ、その結果、日本はムチャクチャになってしまった。
 彼は首相に就任した01年暮れに「米百俵」「聖域なき改革」「恐れず怯まず捉われず」「改革の『痛み』」などの言葉で流行語大賞も受賞している。これらの〝威勢はいいが中身のない言葉〟に国民はまんまと騙され、高い支持率を与えてしまった。その挙句、昨年秋の総選挙で自民党は大量の議席を獲得し、やりたい放題の体勢を整えることとなった。こうした小泉政権の手法は過去の戦争中のプロパガンダ政策と変わらない。 
[ 2009/07/10 22:12 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿31「太平洋戦争の落とし穴」第17回

■「太平洋戦争の落とし穴」第17回『口封じは今も続いている?』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年5月22日号

 公になったら困る重要情報を秘匿するにはどうすればいいか――。答えは簡単。事実を知っている人間の口をふさげばいいのだ。太平洋戦争でもこのような恐ろしいことが平気で行われた。
 その典型例が1942年6月のミッドウェー海戦のときに起きている。同海戦は赤城、加賀など空母4隻を撃沈される大敗北だったが、大本営はこの結果を徹底的に隠そうとした。生き残った下士官のパイロットたちから情報が漏れる可能性があると判断。大本営は彼らを一人も帰郷させず、休暇も与えなかった。彼らの大半は家族と隔離されたまま最前線へ送られ、人知れず戦死した。まさに“口封じ”である。
[ 2009/07/10 22:08 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿30「太平洋戦争の落とし穴」第16回

■「太平洋戦争の落とし穴」第16回『今も存在する卑怯なヤツら』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年5月8日号

 何事も責任の所在を曖昧にしてウヤムヤに終わらせる――。
 ご存じ、日本型村社会の無責任システムである。国や企業の指導者にこれをやられては庶民はタマらない。太平洋戦争でも多くの卑怯なヤツらが責任を取らずのうのうと生き延びている。
 そのひとりが陸軍の富永恭次中将。この男は1940年9月に政府の方針に反して独断で北部仏印への武力進駐を行った。一度は左遷されるが、41年4月には人事局長として中央に復帰。44年8月、特攻部隊の第4航空軍司令官に任命される。
[ 2009/07/10 22:04 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿29「太平洋戦争の落とし穴」第15回

■「太平洋戦争の落とし穴」第15回『大量の餓死者を出したニューギニア戦線』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年4月24日号

 古今東西の戦史の中でニューギニア戦線ほど悲惨なものはない。多数の犠牲者を出した原因は長期的展望の欠如だった。
 42年7月、大本営は「り号作戦」を発動。ニューギニア島のバサブアからオーエンスタンレー山脈を越えてポートモレスビーを攻略する作戦だ。移動距離360㌔の同作戦は事前の研究で不可能とされた。標高2000㍍のオ山脈では物資を運搬できないからだ。
[ 2009/07/10 22:00 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿28「太平洋戦争の落とし穴」第14回

■「太平洋戦争の落とし穴」第14回『ニセメール問題は2・26事件と同じ構造だ』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年4月10日号

 永田ニセメール問題に始まる民主党の右往左往ぶりに、私は怒りを感じてしまった。すったもんだのあげく執行部が全員辞任。あれほど辞めないと頑張っていた永田議員も議員辞職した。これではまるでガキのお遊びだ。
 今回の民主党の罪は国民を政治不信に陥れた点にある。永田・前原という30、40代の〝無分別な若者〟の暴走が民主政治の危機を招いたのだ。
[ 2009/07/10 21:57 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿27「太平洋戦争の落とし穴」第13回

■「太平洋戦争の落とし穴」第13回『山本五十六は軍司令部に殺された?』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年3月27日号

 太平洋戦史を語るときに最初に登場する人物が山本五十六である。日米開戦時の連合艦隊司令長官だが、その死は「海軍甲事件」として語り継がれている。
 1943年4月、連合艦隊はソロモン諸島の戦況を打開するべく、「い号作戦」を発動。ガダルカナル島やポートモレスビーの空襲をくわだてた。だが、日本軍は多大な被害を受けてしまい、4月16日には作戦を終了することになった。このとき山本は将兵を鼓舞するためバラレ、ショートランド、ブインの前線地を訪問することにした。
[ 2009/07/10 21:53 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿26「太平洋戦争の落とし穴」第12回

■「太平洋戦争の落とし穴」第12回『戦力の逐次投入がもたらした「飢島」の悲劇』
■初出……2006年3月13日号

 1942年、日本軍はニューカレドニアなどを攻略するFS作戦を発動した。オーストラリアと米国を分断するべく、周辺の攻略を決めたのだ。
 作戦の遂行には前進飛行場が必要だ。日本軍はガダルカナル島を飛行場建設地に選び、工兵を送って作業を進めた。ところが、そこに米軍が侵攻して工兵の部隊は壊滅。42年5月、日本軍はガ島を奪回するべく戦力投入を開始した。
[ 2009/07/10 21:48 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)

アーカイブ原稿25「太平洋戦争の落とし穴」第11回

■「太平洋戦争の落とし穴」第11回『ゼロ戦は「人命軽視」の象徴だ』
■初出……「日刊ゲンダイ」2006年2月27日号

「三菱零式艦上戦闘機」
 ゼロ戦の正式名称である。いうまでもなく、同機は日本が生んだ最高の戦闘機。徹底した軽量化と重武装を追及したフォルムは見事までの機能美を表現している。
 同機誕生の裏には30代だった堀越二郎ほか、設計技術者たちの豊かな発想力があった。骨格に軽量アルミニウム合金を使用したうえに合金のあちこちに丸い穴をあけて軽量化。さらに増槽を設けることで航続距離を2倍にした。こんな発想は他国の技術者は持っていなかった。
[ 2009/07/10 21:44 ] アーカイブ | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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