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電子書籍版「家族挽回」リリースのお知らせ



松井計の著作「家族挽回」の電子書籍版がリリースされました。

本作は、「ホームレス作家」「ホームレス失格」を含めた私ドキュメント3部作の最終作となる作品です。

今回の電子書籍は、iBooks限定でのリリースで、ダウンロード価格は100円と、大変、お求めやすくなっております。

既に電子化されている「ホームレス作家」「ホームレス失格」(ともに幻冬舎アウトロー文庫)と合わせてお楽しみ下さい。

■「家族挽回」電子版をダウンロードするには●こちら●から。

■詳細目次

序章 四年の歳月
第1章 再会まで――冬
第2章 小学一年生――春
第3章 サーズデイ・パパ――夏から秋
終章 明日へ――秋から冬、そしてまた春

■電子版発行元 メディカム
■親本発行元 情報センター出版局
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[ 2013/11/12 11:25 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

「東條英機暗殺」電子書籍で復刻



私が2001年の「ホームレス作家」(幻冬舎)刊行を機に、それまでの筆名の松井永人を本名に改めて、松井計名義で活動するようになったことは、このブログほか様々な場所で語っておりますので、ご存じの方も多いことと思います。

この度、その松井永人名義で執筆した最後の長篇小説「東條英機暗殺」が、(株)メディカムから電子書籍で復刻されることになりました。

本名での活動も13年目を迎え、多少なりともこの名前に親しんでいただいていることとも思いますので、松井永人名義を松井計名義に改めての復刻です。

また、今回の電子復刻版は、iBooks限定でのリリースで、ダウンロード価格は100円と、大変、お求めやすくなっております。

昭和17年、太平洋戦争下の帝都東京を舞台にした戦時サスペンスの世界を、ぜひ、お楽しみ下さい。

「東條英機暗殺」をダウンロードするには●こちら●からお入り下さい。

【内容紹介】

昭和十七年初夏、対米戦線の勝利に沸く東京・永田町に黒い陰謀が密かに持ち上がった。

時の首相であり陸軍大臣の東條英機を暗殺すべく、狙撃手が放たれたのである。

が、実は東條英機暗殺計画の裏には、首相暗殺よりももっと大きな陰謀が渦巻いていた。

テロリスト、憲兵、そして近衛兵が各自の指令を全うすべく、怒りと慟哭の戦時裏面史を暴いたサスペンス・アクション!!

【詳細目次】

プロローグ
第 1章 帝国ホテル――昭和十七年初夏
第 2章 調布――ある再開
第 3章 角筈――雷鳴
第 4章 神楽坂――枕芸者
第 5章 角筈――黒い兵団
第 6章 有楽町――志のぶ再び
第 7章 帝国ホテル――魑魅魍魎
第 8章 神田神保町――追跡
第 9章 新橋――密談
第10章 首相官邸――東條英機
第11章 帝国ホテル――九九式狙撃銃
第12章 新橋―不審火
第13章 新橋~角筈~調布――帝都準戒厳
第14章 神楽坂――三浦兄弟
第15章 帝国ホテル――暗殺者の朝
第16章 東京憲兵隊司令部――自白
第17章 帝国ホテル――始まりか、終わりか
第18章 神楽坂――出自
第19章 神楽坂――譲る者たち
第20章 宮城――大詔奉戴日
終  章 

■電子版発行元 メディカム
■親本発行元 白石書店
[ 2013/10/24 14:26 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

「本所深川謎解き控え 一番手柄」電子版のお知らせ



松井計と矢島誠さんの合作名義、松島京作で刊行した「本所深川謎解き控え 一番手柄」の電子書籍版が刊行になりました。

今回の電子化はiBooks限定でのリリースで、ダウンロード価格は100円と、大変お求めやすくなっております。

「本所深川謎解き控え・一番手柄」をダウンロードするには●こちら●

時代小説+推理小説の世界を是非、お楽しみ下さい。

 【主要作中人物紹介】

◆石原の為吉
「軽業の親分」と呼ばれる御用聞き。元は、軽業一座の花形芸人だったが、ある事件に巻き込まれて女房と子供を失ってしまう。そして、更なる悲運に教われるが、半年前に江戸へ戻り、御用聞きとなった。

◆神崎勇之進
北町奉行所定町廻り同心。亡き父、左内の後を襲って同心に。しかし、その父、左内の死の背後にもなにやら、深い闇が潜んでいる……。

◆おたか
本所二ツ目に<たかや>という縄暖簾を出している訳ありそうな女。<たかや>は為吉たちの溜まり場になっている。

◆陸造
為吉の子分。ひょろりとした長身の優男。軽口を叩く癖がある。

◆弥助
為吉の子分、陸造の弟分。花川戸の商家の三男坊だが、軽業好きが高じて、勘当されている。

 【詳細目次】

●第1章 二人亡骸
 江戸に大嵐が吹き荒れた翌日、大川端に女の死体が上がった。死体は顔が潰れている上に全裸で、どこの誰だか判らない。そこへ、花川戸の大工、与五郎が自分の女房のお道の遺体に間違いないと名乗り出てくるが……。

●第2章 下手人二人
 清水屋の番頭、五郎助が何者かに刺し殺された。自訴してきたのは、かつて為吉と見物の評判を二分していた花形芸人だった。海鼠水母の異名を持つその男は、血痕の付いた凶器の出刃包丁も持っていた。しかし、何かがおかしい……。

●第3章 二人芝居
 玉田長屋にひとりで暮らしいてる女、おふくが喉を掻き切って殺された。しかし、どうやら、遺体が発見された場所と、殺害現場は別らしい。探索を続けるうち、おふくの意外な過去が明るみになる。そして、死んだおふくの周辺に、不審な浪人者の影がちらつく……。

■電子版発行元 メディカム
■親本発行元 徳間書店
[ 2013/10/22 16:40 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

電子書籍版「死者のいた場所」



拙著「死者のいた場所」(扶桑社)の電子書籍版がリリースされました。

Kindle、スマートフォン、PCなどの電子書籍ストアからお求めになれます。

定価は1100円で、紙の本よりお求めやすくなっております。

●Kindleストアからのお求めはこちらへ

■発行元 扶桑社
[ 2013/07/03 19:05 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

東京長距離散歩①「エキゾティック東京」

[韓流タレントショップ]

 京王線の上北沢にある私の事務所から、ほぼ一時間、甲州街道をまっすぐに歩くと新宿に着く。そろそろ、心地のいい疲れを感じ、どこかで小休止を取りたくなる頃だ。私は、新大久保辺まで足を延ばし、適当な店を選んで入ることにした。

 大ガードをくぐり、西武新宿駅前の通りを歩いて、職安通りに出る。普段歩いているときにはほとんど気付かないが、小一時間歩いた後だと、この辺りの道に少し勾配があるのに気付く。足への負担が、やや大きく感じられるのだ。私は、大江戸線東新宿駅の方向に向かって、ゆっくりと通りを歩いた。

 もう午後一時を過ぎているが、朝一〇時ごろ、事務所近くのコーヒーショップで軽く朝食を摂った後は何も食べていない。通り沿いに軒を連ねる焼肉店から流れてくる香ばしい匂いが食欲を刺激している。

 政治や経済の分野では、グローバルスタンダードが叫ばれ、私たちは毎日、テレビや新聞で世界中のニュースに触れるけれども、日常の生活の中で、国際化や世界の情勢を実感することは少ない。

 が、この辺りにくると、この国に住んでいるのが我々日本人だけではないことが実感されてくる。進行方向左手には、ハングルの看板を掲げた店ばかりが並んでいるのだ。庶民レベルでの国際交流は、思いのほか進んでいるということか。

 久しぶりにこの辺を歩いてみて、私は街の小さな変化に気付いた。少し前――といっても、もう二、三年は前になるだろうか――には、通りに並んでいる店は、焼肉店を中心とした飲食店が多かった。ところが今回は、それ以外の、より生活に密着した店を多く目にしたのである。

 韓流スターのグッズを扱うタレントショップや来日韓国人アーティストの公演チケットを扱う店などだ。私は、その中の一軒に入ってみた。昼中とあって、客は少ない。中年の女性の二人組と、ほかには若い人が一人二人いるだけである。レジにはエプロンを着けた、韓国人とおぼしい若い女性が二人立っている。

 タレントの顔写真をプリントしたTシャツや、団扇などの小物、生写真など、ふつうのタレントショップにおいてある商品と何ら変わらない。ところが、そこにある顔だけが違う。

 私はあまり韓流スターに精しくないから、商品にハングルと日本語の両方で付されている名前を見ても、それがどんなタレントなのか、今ひとつよく判らない。おそらく、本国ではかなり人気のあるタレントなのだろう。

 商品を見ていると、件の中年女性二人組の話す声が聞こえてきた。彼女らは日本語で話していたのだが、イントネーションが違うから、私は一瞬、韓国の人なのかな、と思った。が、聞くとはなしに、話を聞いていると、どうやら違うようだ。

「やっぱりこの辺は違うわね。欲しいものばかりよ」
 一人がそんなことをいい、もう一人が大きく肯いている。

 イントネーションの違いは、どうやら、東北か北関東の訛りによるもので、彼女たちは、わざわざ韓流スターのグッズを買うために、東京へ出てきたらしい。地方から出てきた若い女の子が、タレントグッズ欲しさにまず、原宿へ行く、といったような話を聞いたことがあるけれども、まさにそれと似た心情なのだろう。

 が、そこはさすがに中年女性で、原宿詣での若い女の子たちとは経済的な余裕が違うのか、二人組は手当たり次第といった恰好で、グッズをかごに入れている。一つ選ぶたびに、二人で楽しそうに大声で笑っている。ほほえましいといえばほほえましい光景である。

 折角、普段は入ることのない店に寄ったのだ。私も何か一つ、買って帰ろうかと思った。さりとて、あまり欲しいものもなし……と思っていると、黒目勝ちの大きな瞳と長い髪が印象的な女性タレントの写真がついた団扇が目に入った。

 見ると、チョ・ウンスクと書いてある。知らない人だが、女優さんだろうか。この団扇を持って、リトルコリアともいうべき新大久保の街を散策するのもまた一興、と思ったけれど、やはり、止めることにした。途中で邪魔になってしまうのは間違いないからだ。

 二人組の買い物はまだまだ終わりそうにない。私は彼女らの笑い声を背に、店を出た。

[エキゾティック観光タウン]

 職安通りを歩いていると、つい、ここが日本であることを忘れそうになる。そこかしこの看板は、ほとんどがハングルだし、物珍しい韓国の風物も多い。が、進行方向の右手を見ると、そこはまさに日本そのものだ。消費者金融の派手な看板が各フロアに並んだ、雑居ビルの群れ。それは極めて今日的な、日本の風景である。

 いってみれば、職安通りの左側は、日本の中の観光地として機能するリトルコリアなのだろう。むろん、それは、散歩者の私にとってである。そこには、ニューカマーのコリアンたちが多く住むはずで、彼らにとっては、少しでも故郷の匂いを移植した町、ということになるのだろうから。

 唐突に、ハングルの大きな音声で歌う声が聞こえてきた。街頭に設置された大型のオーロラビジョンが、韓国のテレビ番組を流していたのだ。私はしばし、それに見入った。4人組の韓国のアイドルグループだった。

 オーロラビジョンをよく見ると、夜の一〇時からは、韓国KBSテレビの夜のニュースを生で流しているらしい。私は、異国の街中にぼんやりと立ち、巨大なオーロラビジョンで日本のニュースショーを眺めている自分自身を想像してみた。それはそれで、物悲しい姿である。

 さて、食事である。腹が減った。ドンキホーテの辺りまでくると、オープンカフェ式のファーストフードショップが多くなってくる。観光気分に浸ったままチヂミなどを食べ歩きするのもよさそうだが、多少疲れが出ているから、できれば座って食べたい。

 と、「チキンタウン」という店が目に止まった。ここもまた、オープンカフェ式になっており、韓国風のファストフードを食べさせる店のようだ。赤や黄色を多用した派手な店の作りは、一時期、青山通り辺によくあったクレープショップを思い起こさせる。若い人向けの向けの店なのだろう。

 私はここで「キムチチャハン」を食した。キムチソースで味付けをしたチャーハンだが、音を延ばさずに<チャハン>としてあるところが印象的だ。これは韓国式の発音をそのままカタカナに置き換えたものなのだろうか。

 昼食の時間を過ぎているからか、客は私一人で、しかも、ファーストフードショップだから、長居するわけにも行かない。急いでキムチチャハンを食べ終え、私は店を出た。と、急に、口の中が辛くなってきた。やはり、かなり唐辛子が利いているようだ

[混沌の街]

 食事を終えた私は、ドンキホーテの角から細い道に入り、大久保通りへ出ることにした。ドンキホーテの近くは、オープンカフェ式のファーストフードショップや、韓流タレントショップなどが並び、若い人向けの華やかな街を感じさせるが、一歩、脇道に入ると、街はまた、違った顔を見せるようになる。

 焼肉店などの韓国系の店が多いことに変わりはないが、韓国系クラブなど、夜のイメージが強くなってくるのだ。

 この辺りには元々、日本人の暮らしがあり、その後に、ニューカマーコリアンの文化が重なって、今のリトルコリア的な街を形成しているわけだが、韓国そのものとでもいいたくなるような表通りとは違って、脇道には古くからの日本文化も多く残っており、それらと韓国風文化との融合が、<混沌>というものを感じさせる。

 ハングルの看板を出している焼肉店と、韓国食材の店の間に、昔ながらの日本のクリーニング店がある。看板に書いてある電話番号は、まだ市内局番が三桁のままになっているから、かなり長く看板を変えていないのだろう。

 私は、そんな<雑多>と表現するほかない脇道を、まっすぐに大久保通りに抜けるのではなく、気の向くまま角々を曲がりながら歩いてみた。

 日中だというのに、ほとんど人の気配がない。夜になると、街角に立つ女たちが現われたりして賑やかになるのだろうが、今は、ひっそり閑と静まり返っている。都心に近い場所に、これほど静かな住宅街があるのも、それはそれで不思議に思えてくる。

 と、私の背中のほうから、男の声が聞こえてきた。
「お前、お笑い芸人の××って知ってるか?」
 彼は、毒舌で有名な女性タレントの名前を口にした。振り返ってみると、二〇代の後半か、三〇代の初めに見える男性が、若い女性と一緒に歩いていた。髪を明るい茶に染め、濃いサングラスをかけた女性で、タンクトップに短いスカートを合わせている。 
「知ってる」
 女性が応じる。たどたどしい日本語で、どうやら韓国人女性のようだ。
「あいつ、お前の店のママによく似てるよな」
 男がいった。女性は、何度か聞き返していたが、やっと意味するところを理解したのか、声を潜めた含み笑いを漏らした。

 おそらくはきっと、韓国クラブに勤める女性と客の男の店外デートといった辺りなのだろう。こういう光景に出くわすのも、リトルコリアならではか。

 私は先ほど、<混沌>と記した。それは、韓国文化と古くからの日本文化の混沌を意識してのものだったが、この辺りにはまた別の混沌もある。

 専門学校がいくつもあり、若い学生の姿も多い場所に、古くからの日本式連れ込み旅館やラブホテルが並んでいる。学校の側にラブホテル――この違和感を、混沌と呼ばずしてなんと呼ぶべきだろう。

 元来、都市とは、種種雑多なものをすべて許容し、飲み込むものである。そしてそれらが、互いに絡み合いながら街を形成していく。この街は、象徴的にそれを表現しているように思えた。

[打ち捨てられた街]

 大久保通りに向かって裏町を歩いていると、福祉施設が多いことにも気付く。行き場を失った女性を保護するキリスト教系の施設や、社会福祉法人が運営するDV被害女性のシェルターなどだ。ほかには、刑務所から出たばかりで、まだ住居や仕事を見つけられないでいる人たちのための施設もある。

 それらは、行政が運営するものであったり、社会福祉法人が行政から幾ばくかの援助を受けて運営したりしているものだから、あまり潤沢な資金があるわけではないのだろう。ほとんどの建物が、<人が住める>ということだけを重視しているかのような簡素なつくりだ。 

 この無味乾燥な建物の向こう側には、いったい、どんな人生の物語があるのか。私はつい、そんなことを考えてしまった。

 無礼に亘ってもいけないけれども、この辺りの街並みには、どこか、どんよりと沈んだものが感じられる。むろん、それはそれで、ある種の人生の重みとか深みを感じさせて、魅力的なものではある。

 しかし、そういったものを忌避する心境もまた、人間は持ち合わせているに違いない。だからか、この辺りを歩いていると、都心に近い場所であるにもかかわらず、どこか打ち捨てられた街のイメージがある。

 であれば、そういう場所にニューカマーのコリアンが集い、自分たちの文化を移植して、また、街の賑わいを取り戻したということは、なんとも痛快なことではないか。

 そんなことを考えながら歩いているうち、大久保通りに出た。上北沢を出てから、もう三時間近く歩いている。私は、近くの喫茶店に入って休憩するとともに、これからどうするか考えようと思った。

 と、煙草が切れていることに気付いた。大久保通り沿いのコンビニに入る。レジには、ネームプレートに「おう」とひらがなで書いた若い女の子がいた。「おう」さん。「王」さんだろうか。そうすると、中国系に違いない。新大久保は、韓国人ニューカマーだけではなく、その他の国の人も多い証だ。

 JR新大久保駅前の喫茶店に入っても、ハングルや中国語が飛び交っている。庶民レベルでの国際化を体現した街、それが今の新大久保なのに違いない。

 私は腰につけていたディジタル式の万歩計を外した。午前中に上北沢を出発して、ここまで二万六千五〇七歩。さて、これからどうしよう。この街とはまた違った形で、庶民レベルでの国際化が進んだ街を見てみたい、私はそう思った。
[ 2011/11/21 16:03 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

電子書籍版「ホームレス失格」リリースのお知らせ

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 先月、電子書籍版がリリースされました松井計の著書「ホームレス作家」(幻冬舎アウトロー文庫)は、ご好評をいただいているようでありがとうございます。さて、きたる9月30日に、「ホームレス作家」の続編に当たる「ホームレス失格」(幻冬舎アウトロー文庫)の電子書籍版がリリースされることになりましたので、お知らせいたします。

 販売価格は、本体価格600円で、以下の各サイトからダウンロードできます。

【9月30日配信開始のサイト】

●Reader Store
Reader(ソニーの読書専用端末向け)は●こちら●

●docomoスマートフォン公式書店(honto)は●こちら●

●honto
iPhone/iPad/パソコン向け書店は●こちら●

●TSUTAYA GALAPAGOS
シャープ GALAPAGOS(読書専用端末およびSHARPスマートフォン向け)は●こちら●

●LISMO BOOK STORE au by KDDI
au「biblio leaf SP02」(読書専用端末) / auのスマートフォン向けは●こちら●

●Softbankブックストア
ソフトバンクのスマートフォン向けは●こちら●

●Book Live!
パソコン、各キャリアアンドロイド端末向けは●こちら●

【10月16日配信開始の販売先】

●電子文庫パブリ(日本電子書籍出版社協会運営)
3キャリアケータイ電話/iPhone/iPad/パソコンは●こちら●

※上記以外に通常のケータイ電話向けの数十書店でも配信いたします。
[ 2011/09/28 21:19 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

電子書籍版「ホームレス作家」のお知らせ

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 松井計の著書「ホームレス作家」(幻冬舎)の電子書籍版がリリースされました。以下の各サイトからダウンロードできます。ダウンロード方法、お支払方法等は、各サイトによって違いますので、アクセス先にてご確認ください。

 尚、9月には「ホームレス作家」の続編である「ホームレス失格」の電子書籍版も配信開始される予定です。

【配信が始まっている主な販売先】

●Reader Store
Reader(ソニーの読書専用端末向け)は●こちら●

●docomoスマートフォン公式書店(honto)は●こちら●

●honto
iPhone/iPad/パソコン向け書店は●こちら●

●TSUTAYA GALAPAGOS
シャープ GALAPAGOS(読書専用端末およびSHARPスマートフォン向け)は●こちら●

●LISMO BOOK STORE au by KDDI
au「biblio leaf SP02」(読書専用端末) / auのスマートフォン向けは●こちら●

●Softbankブックストア
ソフトバンクのスマートフォン向けは●こちら●

●Book Live!
パソコン、各キャリアアンドロイド端末向けは●こちら●

【9月16日配信開始の販売先】

●電子文庫パブリ(日本電子書籍出版社協会運営)
3キャリアケータイ電話/iPhone/iPad/パソコンは●こちら●

※上記以外に通常のケータイ電話向けの数十書店でも配信いたします。
[ 2011/08/31 18:07 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

「なんだかんだの病気自慢」単行本化のお知らせ

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 8月11日、マガジンハウスから、「なんだかんだの病気自慢」が単行本として刊行されました。

 「なんだかんだの病気自慢」は、雑誌『クロワッサン』の毎回、執筆者が変わる連載企画です。松井計は、熱中症に罹ったときのエピソードを書いています。

■刊行元による内容紹介

安藤優子さん、石田衣良さん、小椋佳さん、柴田理恵さん、高畑淳子さん.横尾忠則さんなど、72人の著名人が自らの病気のエピソードを公表!いかに受け止め、闘い、プラスのパワーに変換してきたかを赤裸々に語ります。病気になったからこそわかった、自分自身のこと、本当に大切な物、これからの生き方。。。雑誌「クロワッサン」に8年に渡って連載されている人気コラムから抜粋、再編集した本書は、病気を語りながら、実はその先にある生きる希望をあぶり出す鏡でもあります。「病気自慢」を読みながら、読後はなぜかパワーをチャージされている、そんな不思議体験してみませんか?

■主な執筆者(50音順)

安西水丸(イラストレーター)
安藤優子(ニュースキャスター)
安奈 淳(女優)
石田衣良(作家)
泉 麻人(コラムニスト)
井上荒野(作家)
荻野アンナ(作家)
小椋 佳(作曲家)
北 杜夫(作家)
柴田理恵(女優)
高畑淳子(女優)
中島京子(作家)
野口 健(アルピニスト)
松井 計(作家)
横尾忠則(美術家)
     ほか全72名

■書誌データ

●タイトル 「なんだかんだの病気自慢」
●編者   クロワッサン編集部特別編集
●刊行元  マガジンハウス
●判型   四六版ソフトカバー
●刊行日  2011年8月11日
●定価   1365円(税込)
●書籍コード ISBN978-4-8387-22938

                     ◆立ち読みは●こちら●をクリックして下さい。
 
[ 2011/08/31 17:50 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

未発表原稿特別公開「立ち上がる人たち」第4・5話『ひきこもり』

【解説】
 2008年刊行の拙著、「立ち上がる人たち」(世界文化社)は、第1話『始まりの歌』、第2話『〇勝〇敗〇セーブ』、第3話『みにくいアヒルの子』、第4話『水槽の底』、第5話『オーディション女優』、第6話『推定有罪』、第7話『風のゆくえ』の7つのエピソードからなるオムニバス小説です。

 ところが、実は、原稿の段階では第4話のあとに、第5話として『ひきこもり』というエピソードがありました。本作を刊行する際に、諸般の事情からこの第5話『ひきこもり』を削除、当初は第6話として予定していた『オーディション女優』を改めて第5話とし、全7話のオムニバス小説として刊行したのでした。

 本作が文庫化される際には、『ひきこもり』も第5話として収録し、コンプリートな形で刊行したいと考えておりましたが、底本刊行元が文庫を持たないこともあり、いまだ文庫化の予定が立っておりませんので、まず、このブログにて、本作『ひきこもり』を公開したいと思います。

 原稿段階では、第5話として執筆したものですが、すでに公刊された書籍にて、第5話を『オーディション女優』としてありますので、便宜的に第4・5話として公開したいと思います。些か大仰な言い方になりますが、<幻の作品>をお楽しみください。

 「立ち上がる人たち」は、各話の主人公や主要な登場人物が、ほかのエピソードにも関連を持ち、それぞれのエピソードを併せて読むことで、全体が長編小説として成立する形の構成です。本作『ひきこもり』にも、ほかの各話に登場する人物が多く出てきます(主人公の田辺良の父は、第4話『水槽の底』に主人公の主婦がほのかな思いを寄せる人物として登場、高崎隼一は第2話『〇勝〇敗〇セーブ』の主人公、ジョージ竹原は同話の主要人物、フーミンは第5話『オーディション女優』の主要人物)。従いまして、「立ち上がる人たち」所収の第1話から第7話も併せてお読みいただきますと、より、本作の背景がご理解いただけることと思います。

 また、既に「立ち上がる人たち」をお読みいただいた方には、本作『ひきこもり』をお読みいただきますと、第2話に登場した人物のその後や、第4話のほのかな不倫の背景、第7話におけるフーミンの行動の理由などがよくご理解いただけ、ある種の<ミッシングリンク>をつなぐことにもなると思います。


●「立ち上がる人たち」をお買い求めになるには→◆こちら◆←をクリックして下さい。

「立ち上がる人たち」第4・5話
ひきこもり

         1

 階下で玄関の開く音がした。父が帰宅したらしい。スリッパが階段を叩く音が聞こえ、やがて足音は僕の部屋の前で止まった。僕はパソコンの画面を見つめたままだ。ドアのほうを振り向くこともしない。父がまた、階段を降りていく音が聞こえた。
 僕はやっとドアを開ける。コンビニの弁当と、ポテトチップスが二袋、コカコーラの一リットル入りペットボトル、それから、今日発売になったばかりの格闘技雑誌が置いてある。すべて、僕が父に買ってきてくれるように頼んだものだ。といっても、直接、僕と父が口を利いたわけではない。昨晩遅く、これらの商品を記したメモをドアの前に置いておいた。こうしておくと、朝食を運んできた父が、その日の会社帰りに、頼んだものを買ってきてくれるのだ。
 しばらくして、ガレージから車が出る音がした。今夜も父はまた、出かけるらしい。この家にいるのが息苦しいのだろう。こんな生活が、既に三年も続いている。

 高校三年生のとき、僕は大学受験に失敗した。志望校に合格できなかったばかりか、滑り止めのつもりで受けた中堅の大学にも、ことごとく落ちた。最後の不合格通知を受け取ったときの、両親の落胆ぶりを、僕は今でもはっきりと憶えている。
 公平に言って、僕は両親に最高の教育を与えてもらったと思う。子供の頃は、多くの書物を与えてもらったし、中学からは、中高一貫教育の私立校に通わせてくれた。小学校だけは近くの公立校に通ったが、それは、両親が地元での友人関係も大切なものだと考えていたからである。
 そんな教育熱心な両親だったから尚更、僕の受験失敗には落胆してしまったのだろう。父は、
「お前は、俺が考えていたより馬鹿だったのかも知れないな。まあいい、来年、きちんとした大学に入ればいいんだ。頑張るしかないんだぞ」
 と言った。母は、
「お母さん、もうがっかりしたわ」
 と言って泣き、僕に、
「どこにも受からないなんて可愛そうに……」
 と言った。
 卒業後は予備校に通う毎日が始まったが、僕はどうしても受験勉強に熱中できなかった。予備校をサボって、駅前の喫茶店で時間を潰すことが多くなった。
 時々、高校時代の友人から、大学での生活ぶりを聞かされると、尚更僕は、受験勉強への意欲を失った。やがて、
「田辺さんのところも大変ねえ。教育熱心で、とてもいいご家庭だと思っていたのにねえ……」
 という、近所の人の声が耳に入るようになった。そのたび、母が僕を詰る。やがて僕は、自室にこもったまま、一歩も外に出ない生活を始めるようになった。自室で受験勉強に集中していると考えたのか、両親はそんな生活をとがめることはなかった。と言うよりもむしろ、至れり尽せりと言いたい待遇で、僕にとって微温的で幸福な毎日が始まった。
 食事はいつも母が、
「良ちゃん、まだ頑張ってるのね。偉いわよ」
 と、ねぎらいの言葉と共に部屋に運んでくれる。僕は、パソコンで遊んでいるだけだったのに。そんな母の善意に充ちた誤解は、僕たちの家族に、穏やかな時間を与えてくれた。父も母も、そして僕も、この時期が最も心安らぐ毎日だったのかもしれない。

 母が、これはおかしいのではないか、と考え始めたのは、僕が何日も風呂に入っていないことに気づいたからだろう。共稼ぎの両親は、二人が職場に行っている日中に、僕が入浴をすませていると考えていたらしい。ところが、ある日、バスルームがまったく濡れていないことから、母は事実に気がついた。
「良ちゃん、あなたお風呂は?」
 部屋に食事を運んできたとき、母がそう言った。
「うるさいな。風呂なんか入んなくていいよ」
「まさか、ずっと入ってなかったの?」
「どうでもいいだろう。いちいちうるさいな」
「ちょっと部屋の中を見せてちょうだい」
 異変に気づいたのだろう、母が言った。僕は、両手を開いて母を制し、
「うるさいんだよ、クソババア」
 と叫んでいた。
 あのときの母の顔が忘れられない。まったく理解不能な、何か得体の知れないものを見るような、恐れのこもったあの目。あのときから僕は、家族にとって異物になってしまったのだろう。その日の晩、帰宅した父が、
「おい、良、開けろ」
 怒鳴りながらドアを叩いていたが、僕は内側からドアを強く押して、父を中に入れなかった。

               2

 父は、僕が大学受験に失敗して拗ねている、という程度に考えていたらしい。この生活を変えさせるために父が取った行動は、母に食事を僕の部屋まで運ばせない、ということだった。ある朝、父が僕の部屋の前まできて、
「おい、食事ができてるぞ。早く下へ降りて食べなさい」
 と言った。
 僕は、それに応じなかった。夕食時にも父はまた、同じことをしたが、やはり僕は階下へは降りず、ずっと二階の自室にこもったまま、一日中、何も食べずに過ごした。翌日も同じことが繰り返された。が、夜の八時頃になって、母がこっそり食事を僕の部屋の前まで運んできた。
 それに気づいた父が、
「そういうふうにお前が甘やかすから、こんなことになるんだ。こんな調子じゃ来年もまた、大学に落ちてしまうぞ」
「だって、何も食べないと、良ちゃんが体を壊してしまうわ」
 両親の言い争う声が、僕の部屋まで聞こえてきた。翌日から、彼らの諍いは、日常的な出来事になった。僕への悪影響を恐れていたのか、両親は、僕が子どもの頃から、僕の前では一切、言い争ったり喧嘩をしたりしない人たちだった。
 小学生の頃、僕は、
「ねえ、お父さんとお母さんはどうして喧嘩をしないの? 夫婦喧嘩をして見せてよ」
 と、無邪気に言ったことがある。そんな両親が、僕のことで毎日、言い争うのだ。その原因が僕にあることは、充分に理解している。が、僕は、そのことに耐えられなかった。
 ある晩、いつものように両親の言い争う声が聞こえてきたとき、僕はひっそりと部屋から出て一階へ降り、
「うるさいなっ、何時だと思ってんだよ」
 両親を怒鳴りつけた。母は、例の恐れのこもった目で僕を見つめながら、言葉を失っている。父は、
「何を言ってるんだ? 誰のせいで、こうなってると思ってるんだ」
 と、僕を怒鳴りつけてくる。僕の中で、何かが弾けた。僕は父に飛び掛り、
「うるさい、バカヤロー」
 叫びながら、父を殴りつけていた。何度も何度も、僕は父を殴った。母が、半狂乱の状態になり、
「止めて、止めてちょうだい良ちゃん。止めて。お母さんたちが悪かったから」
 叫びつづけている。
 僕は、自分で自分をコントロールできなかった。父を憎んでいるわけではない。が、どうしても自分を押さえられない。
「謝れ、手を突いて謝れ、バカヤロー」
 僕は、自分でも何発殴ったか判らないほど、父を殴った。やがて、顔を腫らし、鼻血をたらした父が、床に手を突いて、
「悪かった。お父さんたちが悪かった」
 と言った。
「そんな謝り方じゃダメだ。申し訳ございませんでしたと言え、どうか許してくださいと言え」
 父はしばらく黙っていたが、やがて床に頭を擦りつけて、僕が命じたとおりの言葉を口にした。背後では母が、
「どうして、こんなことになるの……」
 と所々、嗚咽で言葉を詰まらせながら呟いていた。僕たちの家族が、崩壊し始めた瞬間だった。

 その後も、僕は何度も父に手を上げた。一週間に一度は、僕の内側にある制御し難い何物かが破裂し、そのたびに僕は父を殴った。特に何かきっかけがあるわけではない。突然、自分でも抗うことのできない激しい感情が湧いてきて、そのはけ口として父への暴力に走ってしまうのだ。
 そのたびに父は床に手を突いて僕に謝り、母は声を殺して泣いた。まるで儀式のような、そんな狂騒の時間が終わると、僕はやっと、自室でゆっくりと眠りに就けるのだった。
 父を殴るために階下に降りるとき以外は自室から出ない生活を続けたまま、二度目の春を迎えた。
 二階にもトイレがあったから、用はそこで足せたし、僕には、階下へ降りる理由は、父を殴ること以外になかった。
 そんな状態が続いているのだから、二度目の大学受験など無理な話である。形の上では二浪ということになるが、僕の頭の中には、もう大学受験のことなど、欠片すらなかった。
 あれは、そろそろ春も終わろうとする時期のことだったと思う。また、僕が父を殴っているとき、たまりかねた母が、後ろから抱き付いてきて、僕を止めようとした。
「離せよ!」
 僕は無意識のうちに、母を突き飛ばした。母は壁に頭を打ちつけたが、たいした怪我をしたわけでもなく、床にしゃがみこんだ身体を壁に凭れかけさせたまま泣いていた。
 翌日から、母は家に戻らなくなった。数日後、父が、
「お母さんには、近くのアパートに引っ越してもらった。お前は、いつ会いに行ってもいいんだぞ」
 と言って、僕に、母の新しい住所を記したメモを渡してくれた。僕たちの家から歩いて十分くらいの場所だった。父は、このときも僕に殴られると覚悟していたのだろう。
「判ったよ」
 言って素直にメモを受け取る僕を見たとき、父は拍子抜けしたような顔をしていた。 
 父が言い出したことなのか、母から申し出たことなのか、僕には判らない。いずれにしても、父にだけ向けられていた暴力が、母にも向かってしまう危険を感じて、緊急避難的に母は家を出た、ということなのだろう。
 もう一つは、母が離れたところに住んでいれば、そこを訪れるために、僕が部屋から出るかもしれない、という期待もあったのかもしれない。が、僕は母のアパートへは、まだ、一度も行ったことがない。実質的に、僕が無意識のうちに、母を突き飛ばしてしまったときに、僕は母親を失ったことになる。
 その日以来、父が僕の部屋に食事を運んでくるのに合わせて、買ってきて欲しいものをメモした用紙をドアの外に置いておく生活が始まった。父への暴力は、その日を限りに止んだ。僕はまるで<外部>を拒絶するかのように、自室からまったく外に出ない生活を始めた。
 僕にとっては、既に父も<外部>と呼ぶべき存在だったのだろう。であれば、もはや父への暴力は、自分でも抗い難い何物かを発散するための行為ではありえなかった。
 身の安全だけは確保した恰好になった父だったが、やはり、部屋にこもりきりのままの、二十歳に近い息子と二人きりの生活は、息が詰まるような毎日だったのだろう。それまではあまり趣味らしい趣味も持っていなかった父が、男女混声サークルに参加して、帰宅後、頻繁に出かけるようになったのは、この頃からだ。
 あれから、もう三年が過ぎた。僕は、二十歳の誕生日も部屋にこもったまま迎えた。痛々しかったのは、その日の父の行動だ。
 父は、僕の部屋に食事を運んでくるときに、コンビニの弁当と一緒に、バースデイケーキと、缶ビールを一本、置いていった。彼なりに、僕の誕生日を祝いたい心境だったのだろうし、成人した記念に、二人で一緒に酒を呑みたかったのかもしれない。
 バースディケーキの包みを見ると、<アリスの寄り道>と書いてあった。子どもの頃、僕が好んだ洋菓子店だ。<アリスの寄り道>は、僕たちの家の最寄駅から、新宿方向に快速電車で三つ目の駅前にある。週末などに、両親と一緒にここに寄って、ケーキやクッキーを買ってもらうのが楽しみだった。
 親子三人で、新宿に映画を観に行った後、帰りに途中で電車を降りて、ケーキを買ったり、あるときなどは、家の側の公園で、父親とキャッチボールをした後、どうしても<アリスの寄り道>のケーキが食べたくなり、父にせがんでわざわざ、連れて行ってもらったこともある。
 父は仕事の帰り、わざわざ途中下車して、この店に寄ってくれたのに違いなかった。おそらくは彼も、僕が子どもの頃の、幸福な時間を思い出していたのだろう。僕にしても父にしても、もはや、帰ることのできない時間。帰りたくても、帰れない、そんな時間だ。

             3

 パソコンでゲームをしたり、インターネットの掲示板に書き込みをしたりしているうちに、一日は終わる。特に、それが楽しいわけではない。ただの時間つぶしだ。ゲームやネットで遊んでいるうちに長い時間が過ぎ、いつか歳を取って、そのまま死んでしまえれば、どんなに楽なことか。考えてみれば、僕の生活は、<緩やかな自殺>なのかも知れない。
 でも、一度も、部屋から出ようと思わなかった、というわけではない。何度か僕は、部屋から出てみようと考えたことがある。
 一度は、インターネットの掲示板がきっかけだった。僕の趣味は、今は表舞台から消えてしまった有名人の消息を探ることだ。同じ趣味の連中が集まるサイトがあって、僕もそこの掲示板の常連だった。たいていのメンバーは、かつて人気のあった芸能人に興味の中心があるのだが、僕の好みは少し変わっている。
 昔、ベストセラーを出したものの、今では著書を見かけなくなった作家や、引退したスポーツ選手が僕の守備範囲だ。
 その掲示板に、フーミンというハンドルネームがあった。普通のメンバーと変わらず、消えた芸能人に興味のある女の子だった。あるとき彼女が、
「ヒポクラテスさんの専門分野はシブイですね」
 と、僕の書き込みにレスをつけてくれた。<ヒポクラテス>というのは、僕がその掲示板で使っていたハンドルネームだ。
 それがきっかけで、彼女とメール交換するようになった。僕は、自分が部屋にこもったままの生活をしていることは知らせずに、メールやメッセンジャーで彼女と話をした。
 やがて、一度、外で会わないかという話になった。僕のほうから持ちかけたのだ。彼女も同意してくれ、会う日を決めた。が、結局、その日、僕は約束の場所に行かなかった。どうしても部屋を出る心境になれなかったのだ。
 最初から、彼女を騙したわけではない。彼女と話しているときには、本当に会いにいくつもりなのだ。僕が引きこもりの生活をしていることも、すっかり忘れている。が、その約束が、現実の世界に侵入してくると、僕はどうしても部屋から出て、約束を果たすことはできないのだった。
 その日の晩、彼女から、
「どうしてこなかったの? 何かあったの? 心配してます」
 というメールがきたが、僕は返信しなかった。メッセンジャーにも呼び出しがあったが、出なかった。メールアドレスも変え、彼女と知り合ったサイトにも、出入りしなくなった。 また別のメールアドレスとハンドルネームで、ほかのサイトへ寄れば、話のできる女性はいくらでもいる。それでいい、と僕は思った。

 そろそろ本格的な梅雨になり、雨ばかりの鬱陶しい季節になったある日、一度、帰宅した父が、僕の部屋の前に食事を置くと、またすぐに車で出かけていき、深夜近くになって戻ってきた。
 やがて、階段を上ってくる音が聞こえた。もう食事は運び終えているわけだから、普段ならそのまま一階にある自室で眠るはずである。
「おい、良――」
 ドアをノックしながら、父が言った。僕は、インターネットの巨大掲示板に、ある格闘技選手の悪口を書き込んでいるところだった。
「まだ、起きてるか?」
 僕は返事をせずに、書き込みを続けた。
「たまには、お父さんと話をしないか」
 ここのところ、父は食事を運んでくるときも、僕に話し掛けることはなかった。何かあったのだろうか。
「お母さんのことだけれどね……」
 言って父は、しばらく黙っていた。やがて、
「ひょっとしたら、お父さんとお母さんは離婚するかもしれない」
「えっ」
 思わず僕は、書き込みの手を止めて、声を出していた。父が階下へ降りるまで、黙っているつもりだったのに。
「聞いてたのか、良。驚くのは判る。でも、お前は今までと何も変わらないんだからな。お前とお父さんとの関係も、お母さんとの関係もだ。だから、お前は何も心配しなくていいんだ。ただ、お前には話しておくべきだろうと思ってな」
 それだけ言うと、父は安心したのか、一階へ降りていった。父と母の離婚――そんな事態は、一度も想定してみたことがなかった。考えてみれば、母がこの家を出て行ったのは、僕が十九歳のときだ。あれからもう三年。父と母の生活にも、様々なことがあったのだろう。
 長期間、別居していた二人の心は、いつか遠く離れてしまったのかもしれない。そう考えて、僕は苦笑いした。その原因を作ったのはほかでもない、僕自身だということに、改めて気づいたからだ。
 僕はもう、二十二歳で成人しているから、父と母のどちらかを親権者に決める必要もない。母は既にこの家に住んでもいないのだから、離婚してもどちらかが出て行く、という話でもない。
 父がいう通り、何も変わらないのに違いなかった。別居していた両親が、夫婦から他人になるだけのことだ。でも、それでいいのだろうか。別居の原因を作った僕が、その後、母とは一度も会わないまま、父と母の離婚を傍観していていいのだろうか。

              4

 あれから三月ほどが過ぎ、もう秋だった。僕はまだ、部屋から出ることができず、引きこもりの生活を続けている。あの晩以来、もう父は僕に、母との離婚の話をしてくれることはなかった。もちろん、僕から訊くこともない。
 ひょっとしたら、既に両親の離婚は成立してしまったのかもしれない。そう思うと、焦燥感に駆られる。早く母に会いたいと思う。でも、僕はどうしても、部屋から出ることができず、階下へ降りて父と、母の話をすることもできなかった。生活が何も変わらないまま、時間だけが過ぎていく。
 そんな頃、僕はインターネットで、あるブログを見つけた。『白球を求めて』というタイトルで、今年の春、プロ野球を引退した高崎隼一が運営しているものだ。きっかけはやはり、僕の趣味だった。<フーミン>のことがあって以来、サイトには出入りしないようになっていたが、僕は消えた著名人の探索は続けていた。
 こういう趣味を持つ人間は、次第によりマイナーな存在に興味を持ち始めるもので、それは、僕も例外ではなかった。
 父に買ってきてくれるように頼んだ野球雑誌に、各球団の今年引退した選手の一覧が載っていた。その中から、僕が探索してみたくなったのが高崎だった。甲子園出場歴もなく、ドラフト下位指名での入団。しかも一軍出場はなし。こういう存在にこそ、マニア心は惹かれるものなのだ。
 インターネットで、高崎隼一を検索してみると、意外にも彼のブログがヒットした。それが、『白球を求めて』だった。驚いたことに、高崎は引退後、アメリカに渡っているのだという。アメリカから、毎日、ブログを更新しているのだ。
 しかも、肩と肘を壊した彼は、もうプロ野球選手としては復活できないことを知っていながら、アメリカのチームで、裏方として働くのだという。初めてブログを見たときの、彼の記述は以下のようなものだった。
『九月二十八日。ビザの問題で、色々と苦労しましたが、今日からやっとチームと合流しました。ジョージさんには感謝です。チームは、バッファローにある「マーベリックス」という独立リーグの球団です。俺は、チームスタッフという形で働きます。
 独立リーグのチームだからスタッフも少なく、球拾いからグランド整備、アトラクションの準備までなんでもやります。給料も安いです。でも、みんな野球が好きな奴ばかりで、楽しく働けそうです。新しい俺のスタートです』
 過去の記述に遡って読んでみると、日本のプロ球団を首になって以降のあれこれが、細かく記してあった。トライアウトに参加したときに知り合った、メジャーリーグ球団の極東担当スカウトを務めるジョージ竹原という人の尽力で、高崎はアメリカへ渡ることができ、独立リーグ球団の一員になったのだ。
 読み進めて行くと、かなりの苦労があったことが判る。が、高崎の文章からは、苦労の重さは微塵も感じられず、そこには溌剌とした若さと、喜びが充ち充ちていた。ブログには何度も、ジョージさんという名前が登場し、彼がこの人物に心酔していることが読み取れる。
 高卒後プロ入りして、三年での退団だから、高崎は僕より一つ年少のはずだ。ほぼ同世代である。僕は、一度はプロ野球を首になって辛酸を舐めた男が、どうしてここまで明るく振舞えるのか、それが不思議だった。その日から、毎日、『白球を求めて』を読むのが、僕の楽しみになった。
 引きこもって以来、僕は毎日、長時間、インターネットをやっている。外部を拒絶していた僕が、それでもインターネットを通じてほかの人たちと交流を持てたのは、インターネットが<架空の世界>だからである。
 <フーミン>とのことが、いい例だ。ネットやメールで話している彼女は、僕にとって、架空の存在なのだ。だからこそ、僕もひきこもりではない架空の<ヒポクラテス>になって、彼女と会う約束もできる。が、会う日が近づいて、<フーミン>が徐々に実在の人間としての姿を現し始めると、僕はもう、逃げ出したくなってしまうのだ。
 そういう意味では、『白球を求めて』も同じといえば同じである。極端なことを言えば、このブログを開設している高崎隼一が本物の高崎隼一だとは限らないのだ。誰かが、高崎を装ってブログを開設している可能性もないではない。それがインターネットというものだ。
 しかし、『白球を求めて』は、今まで僕が接してきたインターネット上のどんなサイトとも違っていた。そこには、激しい現実感があった。最初のうちは、趣味の、消えた著名人探索の興味からこのブログを読んでいたのだったが、そのうちに僕は、高崎という人物に惹かれるようになった。
 彼が記す独立リーグでの生活は、僕の目から見れば、それほど幸せなこととは思えない。むしろ、過酷で、苦しい日々のように感じられる。しかしそれを、高崎は極めて明るく、楽しそうに記す。僕にはそれが不思議でならなかった。何故、高崎はそうできるのか。僕はそれが知りたかった。
 十月の末近くになって、高崎はブログに、
『もうすぐ、シーズンも終わります。選手たちはシーズン終了と同時にちりぢりになります。来年、ここに戻ってくる奴もいるし、運のいい奴は、メジャーや傘下のマイナーに移ります。
 もちろん、野球を止める奴もいる。半分くらいの選手とは、これでお別れでしょう。俺たちスタッフには、シーズン終了後もまだ少し仕事が残っていますが、十一月に入ったら、もう今年の仕事はありません。
 その間、ベネズェラのウインターリーグに行ってみないかとジョージさんに誘われてます。当分、日本には帰らないつもりです』
 と記していた。独立リーグといえば、アメリカのプロ野球の最底辺である。それが判っているからこそ、高崎もメジャーや傘下のマイナーリーグに移る選手のことを、<運がいい>と表現しているわけだ。しかも、高崎はシーズン終了後の賃金は保証されていない。それなのに何故、ここまで生き生きと毎日を暮らすことができるのだ。
 『白球を求めて』には、メールフォームが設置されていた。僕は、思い切って高崎にメールを送った。
『始めまして、高崎さん。いつもブログ読んでます。いつも楽しそうで羨ましいです』
 期待していなかったのだが、翌日、高崎から返信があった。
『ブログ読んでくださってありがとう。短い間でしたが、いい経験をしました。ウインターリーグでも、もっともっと、いい経験をしてきたいと思います』
 ブログの記述と変わらない、前向きで清々しい内容だった。僕のほうからもまた返信し、やがて我々は、頻繁にメールを交換する間柄になった。
 彼とメールのやり取りをしてみて判ったのは、『白球を求めて』の記述が、まったくの彼の本心だということだった。メールに綴られた言葉の端々から、彼が今の生活を楽しみ、生き生きとした毎日を暮らしていることがよく理解できた。
 彼にメールを送った時点でもまだ、ぼくはどこかで、『白球を求めて』の記述は、虚勢を張っているのではないか、と考えていたのだ。そんな思いが打ち砕かれるとともに、僕は更に、高崎という男に惹かれていった。
 しばらくして、僕は高崎に、自分がひきこもりの生活を、もう四年も続けていることを告白した。両親が離婚するかも知れず、母に会いたいと思っているが、部屋を出て、彼女のところに行く勇気が出ないことも。そして、そのメールの最後を、
『高崎さんは強い人ですよね。僕は弱い。高崎さんみたいになりたいですよ』
 と結んだ。いつものように、すぐに返信があった。
『僕が強い人間だなんてとんでもない。日本でチームを首になった後は、人には言えないような、とんでもない生活をしていたんですよ。ブログにも書けないようなひどい生活でした。
 でも、色々とあって、気づいたんですよ。僕はピッチャーでした。野球はボールを投げてみないと始まらないことを、僕が一番、よく知っているじゃないかって。
 じゃあ、これから先の人生も同じじゃないか。後はどうなるか判らないけど、そんなことは考えず、とりあえず、ボールを投げてみようって。そうしてみてよかったです。今は、とても楽しいですから』
 『ボールを投げなければ野球は始まらない』という言葉が、僕の胸を打った。
 翌日、また、高崎からメールがきた。今度は、写真を貼付してある。中南米系とおぼしい大柄な選手と高崎がキャッチボールをしている写真だった。高崎は、楽しそうに笑っており、真っ黒に日焼した顔に、白い歯がよく目立っている。 
 メールの本文は、
『昨日は偉そうなことを言ってごめんなさい。田辺さんは、頭がいい人なんですよ。だから、必要以上に考え込む。俺はずっと野球しかやってこなかったから、根が単純なだけです。「マーベリックス」での今年の仕事がすべて終わり、明日、ベネズェラへ移動することになりました。
 インターネット環境があるかどうか、まだよく判りません。ネット環境が整ったら、またメールします。それまでお元気で』
 僕は、パソコンの電源を落とした。部屋を探してみると、クローゼットの奥のダンボール箱に、グラブが二つしまってあった。一つは僕が小学校の頃に使っていたもの。もう一つは、父が使っていたグラブだ。中学校に入った頃、子供のときのグラブが小さくなって、父のを僕がもらったのだ。
 とは言っても、中学に入った後は、勉強が忙しくて、このグラブを使ったのは一度か二度だったが。もう何年もダンボールの中に入れたままだったから、黴臭い。
 玄関が開いた。父が帰宅したのだ。階段を上がってくる音がする。僕はドアを開けた。いつものように、コンビニの弁当を手にした父が、一瞬、驚いた顔をした。
「ねえ、お父さん、これ、憶えてる?」
 僕は訊いた。父はまだ、戸惑い顔だ。
「ああ。よく取ってあったな。昔はよく、キャッチボールをしたなあ」
「小学校の頃だよね。中学に入ると、もうやらなくなった」
 僕は、子供の時に使っていたほうのグラブをはめてみた。さすがに窮屈で、掌の半分くらいまでしか入らない。
「ねえ、お父さん、キャッチボールやらない?」
「今からか? もう暗いぞ」
「庭に電気を点けて、少しだけやろうよ」
 父は嬉しそうに笑って頷き、
「判った」
 と言った。外はもう、かなり寒かった。秋が深まって、冬が近づいている。久しぶりに出てみた庭は、昔とほとんど変わっていなかった。
 軽くボールを投げてみる。心地のいい音を発てて、ボールが父のグラブに収まる。父が投げ返そうとするのへ、僕はグラブをはめた左手を示しながら、
「こんなだから、あまり強く投げないでね」
 と言った。父が頷き、緩いボールを投げてくれた。両手で包み込むようにして、僕は受け取った。また、そのボールを父に投げ返す。父とキャッチボールをするなんて、いったい、何年ぶりのことだろう。
「お父さん――」
 ボールを投げながら、僕は言った。
「お母さんのところへ行ってみたいんだけど、いいでしょう」
 父もボールを投げ返し、
「もちろんだ。自由にしていいんだぞ」
 と言った。
「まだ、離婚してないんでしょう?」
 しばらく考える間を置いてから、父が頷く。
「もう一度、お母さんと仲良くしてよ。また、三人で一緒に、この家で暮らそうよ」
 僕は言った。父はまた、しばらく黙っていたが、やがて、笑みを浮かべた顔で、大きく頷いた。父が僕に、少し強いボールを返してきた。僕はこれを、グラブの土手に当てて、取り損ねてしまった。
「どうしたんだ? やっぱりグラブが小さいのか? それとも、身体が鈍って下手になったのか」
 父が言う。僕は、ボールを拾って、父に投げ返したが、受けそこなった本当の理由を、父には告げなかった。
  
[ 2011/07/23 23:33 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)

「本所深川謎解き控え 一番手柄」検定

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 3月4日に発売になりました松島京作(松井計+矢島誠)著「本所深川謎解き控え 一番手柄」(徳間文庫)の検定ができました。問題は10問。もうお読みいただいた方も、まだ読んでいらっしゃらない方も、是非、お試しください。もちろん、無料です。      

■検定をやってみるには●こちら●へ。

■「本所深川謎解き控え 一番手柄」を購入するには●こちら●へ。

■刊行元の徳間書店による紹介ページへは●こちら●から。 
[ 2011/03/08 00:13 ] 書籍 | TB(0) | CM(-)
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松井計のプロフィール

松井 計

1958年7月5日生まれ。大学卒業後、英語講師、古書店店主などの職を経験。1995年7月短編戦記小説集「血戦! 帝国艦隊進撃ス――零戦隊激闘記」を松井永人名義で刊行、文筆生活に入る。2001年幻冬舎より刊行した「ホームレス作家」から筆名を本名に戻し、以降は松井計の名前で活動、現在に至る。趣味は野球、酒、猫。社団法人・日本文藝家協会会員。

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